患者だけでなく、家族もまたケアの対象である――終末期における家族という「もう一つの患者」
終末期ケアというと、多くの人は病床にある本人への対応を思い浮かべる。しかし、その傍らには必ず家族がいる。家族もまた、診断の瞬間から深い動揺を経験し、揺れ動く感情を抱えながら、介護という新たな役割を背負い、そしていずれ訪れる死別に向き合っていく。終末期医療の現場では、家族は単なる「付き添い人」ではなく、患者の資源であると同時に、それ自体がケアを必要とする対象だと捉えられている。本稿では、家族をどう理解し、何を感じ、どう支えるべきかを、理論と実践の両面から整理する。
1. 「家族」とは、そもそも何を指すのか
1.1 辞書的な定義から、看護学的な定義へ
家族の定義は、時代とともにその在り方そのものが変化してきている。だからこそ、家族ケアに携わるスタッフにとって、家族をどのように捉えるかを共通認識として持っておくことが重要になる。
広辞苑では、家族を「夫婦の配偶関係や親子・兄弟などの血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎にして成立する小集団。社会構成の基本単位」と定義している。社会学者の森岡清美は「夫婦・親子・きょうだいなど少数の近親者を主要な成員とし、成員相互の深い感情的関わり合いで結ばれた幸福(well-being)追及の集団」と述べている。
一方、家族看護学の領域では、フリードマンが「相互に情緒的に巻き込まれ、地理的に近くで生活している人々からなる」と定義している。この定義が興味深いのは、血縁や婚姻という社会学的な条件を意図的に外している点である。基本的な結びつきと、家族自身が「自分たちは家族である」と自覚していることだけが、定義の核として残されているのだ。
1.2 家族看護学における、独自の家族の捉え方
つまり、家族看護学における家族の捉え方は、家族をケアの対象と捉えることにある。看護者は、病気を中心に考えることで、家族を患者の資源と捉えることが多い。しかし家族は、患者の病状により動揺していたり、実際の介護で疲弊している。そのようなときには、家族の力だけで乗り越えることは難しくなり、家族もケアを必要としている。
看護における家族の位置づけは、「患者の資源としての家族」と「家族全体が支援の対象」という、2つの顔を併せ持つものとして整理される。患者を支える戦力であると同時に、支えられるべき存在でもある——この二重性を忘れないことが、家族ケアの出発点になる。
2. 家族を「システム」として理解する
2.1 一人ひとりの寄せ集めではない、という視点
家族を理解するための枠組みとして、「家族システム理論」というものがある。家族をシステムとして、全体性を捉えて看護するという考え方である。システムとは、一定の関係によって組織された諸要素から成り立っているものとして捉えられている。システムとしての家族は全体性を有している。家族は、父(夫)や母(妻)、子どもなどの家族員から構成されており、これらの成員の相互関係に成り立つもので、まさしくシステムと捉えることができる。
この視点の重要性は、個々の家族員を理解するだけでは、家族全体を理解したことにはならないという点にある。家族システムには、5つの特性がある。
2.2 全体性:一人の変化が、全員の変化になる
家族を理解するには、個々の家族員を理解するだけでは不十分であり、家族をひとつのまとまりとして捉える必要がある。個々の家族員の単なる寄せ集めではなく、全体性を有している。
例えば、一家の母親が入院する場合、母親の生活は病院に移される。その変化の結果、夫は妻の見舞いや子どもの世話が加わり、子ども達は家事の手伝いなど生活が変化する。このように家族の一員の変化は、家族全体の変化となる。
2.3 非累積性:1+1が、2以上になる
家族員間の相互作用には相乗効果があるので、全体としての機能は個々の家族員の機能の総和以上になる。
例えば、高齢者介護の問題に直面した家族が、家族会議を開いて親子や兄弟間で話し合い協力する体制を整える。そのように話し合いでできた介護体制は、家族の相互理解も深まり、調和のとれた体制となる。個々の家族員が持つ力を単純に足し算しただけでは説明できない、相乗的な効果がここに生まれている。
2.4 恒常性:揺れながらも、バランスを取り戻そうとする
家族システムは内外の変化に対応して安定状態を取り戻そうとする。家族システムは、モビールに例えられる。家族の内部や家族を取り巻く社会から影響を受けて変動している。家族は、変化と安定を繰り返し、適応していくように努めている。
空中に吊るされたモビールが、風を受けて揺れながらも、やがて新しいバランスの位置に落ち着いていく様子は、家族という存在のあり方をうまく言い当てた比喩だと言えるだろう。
2.5 循環的因果関係:誰の行動も、連鎖していく
一家族成員の行動は家族内に次々と反応を呼び起こす。家族員は相互に影響し合っており、一人に生じた変化はその他の家族内の小さなシステムに影響する。
例えば、ある家族で父親がアルコールに依存して妻に乱暴を働くようになった場合、妻は、精神的に衰弱し家事も十分できなくなる。子ども達はそのような母親を見て、心配で学校に行かなくなり不登校となってしまう。これらの家庭内の問題が父親にとってさらなる心理的な負担となり、アルコール依存が助長される。このように各々の関係が負の影響を与え合う状況では、どちらが原因とは言い難く、またどちらも原因となりうるし、結果にもなりうる。つまり、家庭内の問題は、原因がひとつにとどまらず、次々と他の家族員に影響を及ぼし、また新たな原因となる循環的な因果関係が成り立つ。
この循環構造を理解しておくことは、終末期ケアにおいても、「誰が悪いのか」という犯人探しではなく、「どこに介入すれば連鎖が良い方向へ向かうか」という発想に立つための、重要な土台になる。
2.6 組織性:家族には、階層と役割期待がある
家族員同士は、互いの間に境界を持つ独立した存在であると同時に、夫婦、親子などにいくつかのサブシステムを形成する。それらのシステムの内部には、階層性と期待された役割がある。
家族集団には、親、子、きょうだい、または祖父母など、世代や年齢が異なる個人が集まり、それぞれが独立した一人の人間でありながら、同時に親子、夫婦、きょうだいなど、独特の関係で成り立つサブシステムのメンバーである。親には子どもを育てるという役割があり、子どもは親から社会性を学ぶという役割が期待され、親の言動を見習い、従うという一種の階層性がある。家族は、互いに階層性を認め、役割期待を持っていることにより、一つの組織として成り立っているという特性がある。
3. 終末期の家族は、何を体験しているのか
3.1 「話し合っていない」という、日本的な現実
厚生労働省の「平成29年度 人生の最終段階における医療に関する意識調査」の結果によると、一般国民の約6割が人生の最終段階における医療・療養についてこれまでに考えたことがあると回答しているが、終末期医療について家族と話し合ったことがある割合は約4割である。「家族等や医療介護関係者等と医療・療養について話し合うきっかけ」は、57.8%が自分の病気、61.8%が家族等の病気や死となっている。日常生活の中で、人生の終焉を家族と話すことは少ない。最期の時を告げられた時に、はじめて、死を現実のものと捉え、戸惑い、苦悩する家族は少なくない。看護者は、そのような現状を踏まえ、理解したうえで家族のケアを実践する必要がある。
3.2 衝撃から悲嘆へ:心理状態の変遷
患者が終末期であると診断された家族は、脅威や恐怖、不安を感じ、混乱に陥る。また、死を否認したり、考えないようにして患者と関わることもある。しかし、患者の病状の悪化を目の当たりにすると、徐々に悲しみや寂しさが大きくなっていく。怒りや無力感を経験する人もいるかもしれない。ついには患者の死を予告され、病状の変化とともに患者の死を意識するようになる。この過程の中で、家族は様々な情緒反応を経験し、あきらめ、仕方がないと死別の準備を始める。こうして、大切な家族員を失うことに直面した家族は、悲嘆を経験する。つまり、家族は日々、様々な感情を抱き、揺れている体験をしている。
3.3 死への気づきが引き起こす、複雑な感情の地図
終末期がんをもつ病者の家族が死に気づいていく過程では、実に多様な情緒反応が確認されている。「死の過程に対する衝動」として、動けなくなる、血の気が引く、力が抜ける、落胆する、何も考えられなくなる、漠然とする・驚く、混乱状態に陥るといった衝撃や、状況を分かりたくない・現状を見たくないという否認、現状から逃げだしたい・恨めしく思う・怒りを感じるという否定的感情が生じる。
「予期悲嘆」として、私を置いていかないでほしい、病者のことが頭から離れない、別れの寂しさを感じる、命のはかなさを感じる、悲しみを感じる、孤独を感じるという大切な人を失う悲哀を感じる反応や、気持ちがこみ上げる、不安が押し寄せるという感情があふれ出る反応がある。
「家族の限界の実感」として、自分の力ではどうにもならない、どうすることもできない、病者の意向がつかめない、病者の役に立てない、仕方がないという自分の無力さを感じる反応や、病者のために何をすればよいのかわからない、自分のしているのがこれでよいのかわからない、これ以上なすすべがないという方策が見つからない反応、希望が萎えていく、希望が見えないという希望がもてない反応がある。
「不確かな状況」として、時間の見通しがつかない、病状の今後が見通せない、予後が予測できないという病者の病状経過が見通せない反応や、今の療養生活がいつまで続くのかがわからない、看病に先が見えないというこれからの生活が想定できない反応、看取りへの自信がない、臨終への時を不安に思うという看取ることを心配する反応がある。
一方で、ネガティブな反応だけではない。治してみせる、治って欲しい、奇跡が起きてほしい、少しの改善の兆しが欲しい、希望をもっていたい、希望を捨てたくない、かすかな望みをもっていたいという「回復への期待を持ちたい」反応や、病者にも闘って欲しい、病者の生存を願う、一緒にいたい、時間がとまってほしいという「病者の生存を願う」反応もある。胸騒ぎがする、緊張感をもつ、恐怖感をもつ、心が切り裂かれる、やり場のなさを感じる、絶望感をもつという「病者の病状の変化に脅かされる」反応、予想よりも病状の進行が早い、病状が急激に変化した、病状の悪化を不思議に思うという「病状の進行が予想外である」反応、最期の日がくるのを何となく感じる、思った通りに悪くなっていく、病者から目が離せない、病者も死期(病名・病状)を感じている、共に過ごす時間がなくなるという「残された時間の少なさを感じる」反応もある。
さらに、病者の辛さを感じる、病者の境遇を憐れむという「病者の苦しみに共感する」反応、病者の苦しむ姿を見たくない、病者の苦しむ姿を見ていられない、病者の衰弱した姿を見たくないという「病者の苦しむ姿を見たくない」反応、病者のためなら何でもしたい、病者を楽な状態にしてあげたい、もう一度病者の望みを叶えさせてあげたいという「出来る限り病者が楽になるようにしたい」反応、最期まで病者に希望を持ち続けさせたい、安らかな最期を望む、残された時間を有意義にしたいという「安らかな人生の終焉を迎えて欲しい」反応まで、死にゆく人の安寧への切望が、様々な形で現れる。
この一覧が示すのは、家族の心理が単線的に進むものではなく、絶望と希望、無力感と献身、恐怖と愛情が、同時に、しかも繰り返し行き来するという複雑さである。
3.4 不確かさの中で揺れる
病気のたどる経過を予測することは難しい。家族は、患者の状態が落ち着いているときは「もっと生きてほしい」と延命への希望を抱き、患者が苦痛を体験している時には「もうこれ以上苦しめたくない」と苦痛からの解放を願うという心の揺れを経験している。この相反する2つの願いのあいだを行き来すること自体が、終末期の家族にとって大きな負担になる。
4. 家族が直面する、4つの具体的な状況
4.1 病状告知という、難しい問題
病名の告知は、患者にも実施するようになってきているが、病状や余命の告知に関しては、難しい問題である。患者が知りたがっているのかいないのか、知りたがっているとすればどのように伝えるのか、告知後の対応はどうすればいいのか等、家族の苦悩は大きい。どちらを選択しても困難であり、後悔する場合も多い。患者の意向、家族員それぞれの意向、家族全体の意向を確認する。
4.2 家族内での役割の変化
家族の一人が病気になると、家族内での役割が大きく変化する。患者が担っていた役割を他の家族員に移行しなければならない。さらに、家族には介護という新たな役割が追加される。家族内での協力体制が築けない、または役割の移行がスムーズにできない場合、不和の原因となりうるため、家族内での役割を確認する必要がある。
4.3 コミュニケーションの変化
終末期の患者を抱えると、家族内でのコミュニケーションも変化する。患者と家族間で、病名や予後の情報に違いがある場合、コミュニケーションは制限され、お互いに理解できなくなることもある。また、家族内でも限られた家族のみでの情報交換を続ければ、家族全体で意思決定する場合に支障がでることもある。家族内のコミュニケーションの確認をしておく必要がある。
4.4 生活上の制約
家族は、患者の介護を行うために、日々の生活を調整している。その期間が長くなると、身体的にも精神的にも負担になってくる。また、経済的な負担もかかっていることを押さえておく必要がある。
5. 終末期における家族のニーズを知る
5.1 配偶者が抱える8つのニーズ
病気の家族員を抱える家族は、病気に対応するためにニーズを持つ。終末期患者の配偶者のニーズを、ハンペという研究者が示している。それによれば、死にゆく人と共にいたいというニーズ、死にゆく人の役に立ちたいというニーズ・患者の側にいたいというニーズ、死にゆく人の安楽の保証に関するニーズ、患者の状態を知りたいというニーズ、死期が近づいたことを知りたいというニーズ・医療従事者に対する受容と支持と慰めに対するニーズ、感情を表出したいというニーズ、家族メンバーによる慰めと支えに対するニーズ、医療保健専門職者による受容と支持と慰めに対するニーズという、8つの柱が挙げられる。
5.2 病者を抱えた家族に共通する、10のニーズ
より一般的な、病者を抱えた家族のニーズとしては、患者の役に立ちたいというニーズ、現状についての情報に対するニーズ、対応策についての情報に対するニーズ、希望に対するニーズ、気遣われるニーズ、肯定的なフィードバックのニーズ、入院中の家族の居場所のニーズ、身体的ケアに関わるニーズ・参加するニーズ、感情を表出したいというニーズ、経済的ニーズという、10項目が挙げられる。
家族との関わりの中で家族が話す言葉や態度から、家族のニーズをキャッチしていくことが必要である。また、家族のニーズは時間的な経過で変化するものである。細やかに観察しニーズの修正をする必要がある。
6. 家族のアセスメント:体験を理解することから始まる
家族看護を実践するには、家族が今をどのように捉えているか、家族がどのような体験をしているのかを看護者が理解することから始まる。ここまで見てきた心理状態、4つの直面する状況、そしてニーズという3つの切り口は、まさにこの「理解すること」のための具体的な道具立てだと言える。
7. 家族ケアの実際:援助関係をどう築くか
7.1 援助関係を形成するという、すべての土台
家族ケアを実践するうえで、援助関係を形成することは必須である。家族との援助関係形成の原則や態度、援助関係のプロセスと傾聴、共感、価値判断から自由になることなどの考え方は、患者と援助関係を形成する場合と同じである。基本的な態度として、中立であること、家族の意思決定を尊重すること、看護者自身の価値観や先入観を自己洞察することに留意して関わることが必要である。
7.2 中立性:誰にも偏らない、という技術
家族は、年齢や性の異なる家族員から成り立っており、異なる役割や立場を担っている。看護者は、それぞれの意向や思いを理解し、受け入れる姿勢が必要である。そして、どちらにも偏らず、中立な立場を保つことが大切である。看護者が中立性を保つには、自己をコントロールする技術が必要である。
7.3 家族の意思を尊重すること
家族がどのような選択をしても、看護者はその選択を保証する姿勢が重要である。看護者の価値観を押し付けないように注意する。
7.4 看護者自身の家族観を確認しておく
家族看護を実践するとき、看護者自身の家族観がどのようなものかを把握しておく必要がある。そして、その価値観を家族に押し付けていないか、自分の判断に従わせようとしてはいないかを常に注意する必要がある。家族の支援に一生懸命になり、看護者の判断を家族に示すことで、家族の主体性を損なったり、家族にストレスを与える可能性がある。また、家族が看護者の判断と異なる意向を示した場合、看護者は、「対応困難な家族」と捉えてしまう可能性もある。看護者は、自分自身がどのような価値観を持っているのか、それに影響されていないかを常に確認しながら家族看護を実践することが重要である。
「対応困難な家族」というレッテルは、しばしば看護者・介護者自身の価値観とのズレから生まれるという、この指摘は率直で重要である。
8. 情緒的支援という、もう一つの柱
終末期患者の家族の心理状況はすでに述べた通りである。看護者は、医師から終末期の診断や厳しい病状説明を告げられる場面に立ち会うことが多い。その後の悲嘆に付き合うためには、医師がどのような説明をしたのかを看護者は把握しておくことが重要である。家族によっては、動揺し、感情を表出するかもしれない。家族の表情や態度に注意し、家族が休める場所を提供する。「辛い話でしたね」と家族の気持ちを受け止める。そして、どのような感情を表出してもそのまま受け止め、逆に感情を抑制しているときは、泣くことは自然なことであり、必要なことであることを伝える。また、日頃の支援として、よく頑張っていることを承認し、十分に褒める声掛けをしていく。このように、看護者は、家族の心理状況を理解し、その動揺を受け止める姿勢や態度で接することが必要である。
9. 家族関係の調整という、積極的な介入
9.1 家族の結びつきを確認させる
日本では、もともと家族内で感謝の気持ちを述べたり、愛情表現が苦手なことが多い。特に、入院している場合は、家族員同士でゆっくり気持ちを確認し合うことが難しい。看護者は、患者と家族がリラックスして話せる環境を整え、気持ちを伝え合うことができる機会の提供に努めることが重要である。患者と家族が今までの人生をふりかえり、思い出をたどることは、家族が「家族としての結びつき」を確認する一助となる。また、看護者もその家族のつながりを感じたということを伝え、家族間の結びつきの強さを認識できるよう支援する。その過程を通して家族自身が「家族としての力」を持っていることを自覚し、協力して対処していけるように支援する。
9.2 家族内コミュニケーションの促進
家族内で相互理解を深めたり、協力体制を強化したり、意思決定をするには、家族員間のコミュニケーションの促進が重要である。家族員間のコミュニケーションが十分でない場合には、それぞれの不安や思いを表現するように勧めたり、家族員間が話し合いをできるようにする。看護者は、発言が少ない家族員の代弁をしたり、発言を促すなど、あくまでも中立な立場で話し合いが進むように調整する。
9.3 役割移行を促進する
家族の役割の状況を捉え、役割の移行が家族の生活にどのように影響を及ぼしているかを把握する。家族内で話し合う機会を作り、役割分担を勧める。また、家族員が介護等の新たな役割を担う時には、必要な知識やスキルを学ぶ機会を提供する。
9.4 家族教育という、2つの柱
病状の説明では、家族に、患者の現在の状態・予後予測を含めた病状を説明する。急変、あるいは看取りまでの時間が予測以上に残されることもあり、その旨を伝えておくことは大切である。病状を認識することで、意思決定を支える情報となり、今後の生活を予測することができる。
終末期にみられる身体症状の変化の説明では、患者によって症状は異なるため、状況にあわせて家族が理解できるようわかりやすい言葉で説明する。例えば、せん妄、呼吸の変化等を具体的に説明し、家族ができることを一緒に考え対処できるように支援する。
これらは本シリーズで扱ってきたせん妄、呼吸困難、消化器症状、全身倦怠感といった個々の症状知識が、最終的に家族への説明という形で統合される場面だと言える。
10. 社会資源の活用
看護者は、終末期患者を抱えている家族に提供できる地域の社会資源を把握しておく必要がある。家族は、患者が終末期という状況になりサポートの利用方法がわからないため、看護者は家族が持っている資源をアセスメントし、必要時には新たなサポートの情報を提供する。
11. ある家族の軌跡:事例から学ぶ
11.1 40歳代の女性患者と、動けなくなった夫
患者は40歳代の女性でパート勤務、家族は会社員で仕事中心の生活をしている夫、中学1年生の長女、小学4年生の次女という家族構成である。
約1年前、がんの診断を受けたが、症状はほとんどなく「子どものために家にいたい」という患者の思いが強いため、外来で化学療法を受けていた。このときにすでに「転移があり、手術ができない」と説明を聞いていた。しかし、「できるだけ、日常の生活を送ってほしい」という思いがあり、夫に詳しい病状を話しておらず、子ども達には一切伝えていなかった。否認もあったのかもしれない。
今回、急速に症状が進行し緊急入院となった。患者も夫も短期間で退院できると考えていたが、予後3か月程度と診断された。夫に病状の説明と予後の見通しを医師から説明した。今後のことを相談しようとすると、茫然自失の状態で「家のことは自分が何とかする」と言うことが精いっぱいのようだった。
11.2 アセスメント:静かに壊れていた、家族のコミュニケーション
患者が元気であった頃は、夫は不在であることが多かったため、家庭を患者が守り、病気のことも家庭のことも患者が一人で引き受け対応してきた。病状の進行に伴い、患者の病状に関する情報も、それぞれの家族員の思いも共有できない状況となっている。夫は、突然突き付けられた厳しい現実に衝撃を受け、現状を受け止めきれていない。また、子ども達にはまだ何も知らされておらず、家族全体で患者との死別に向けての課題に取り組むことができていない。さらに、これまで、夫婦を基盤とした対応ができておらず、家族システムとしての統合の維持が困難となっている。
11.3 介入1:家族が方向性を定めることを助ける
患者の病状の変化に伴い、家族に「自分たちの課題である」と認識できるようにする必要がある。それが、家族が患者との死別に向けて動き出すきっかけとなる。
この家族の課題は「家族内で状況を共有することの困難さやコミュニケーションの停滞があり、核心に触れる話し合いができていない」ことであると考えられる。そこで、まず夫と直接話す機会をもった。夫の衝撃を受け止め、現状の理解、今後の要望、気がかりを確認した。その際には、スタッフみんなで家族を支えることを伝え、夫の頑張りを認めるようにした。
患者に対しても苦痛や思いを受け止めつつ、夫婦として課題に取り組む意味を伝え、患者に考えてもらうように働きかけた。
11.4 介入2:変化に向かう準備を整える
家族が患者との死別を現実的に捉え、対処していくことは家族にとってエネルギーを要することである。具体的なケアとしては次のものが挙げられる。家族が状況を共有し、相互理解を深めることにより、家族の力が結集できるように支援する。また、配偶者の力を整え、変化に向かって動き出せるように後押しし、配偶者を通して家族全体の変化へとつなげる。さらに、看護師や親など社会資源と状況を共有し、様々な立場から家族を支えるサポートが受けられるよう体制を整える。このように、家族集団としての力を引き出す基盤作りをしていく。
夫にとって家事や子育ては心身共に負担が大きい。加えて、配偶者の死別という大きいストレスにも対処していけるように、夫のエネルギーを保持できるように支援が必要である。夫の大変さをねぎらい、できていることは承認し、夫、父親としての役割に自信が持てるよう働きかけた。
もう一つの大きな課題は、「子どもにどのように伝え、巻き込んでいくか」ということであった。夫は「自分が子どもに話をする」「面会に連れてくる」と申し出た。そこで、年齢によって死の捉え方が違うこと、親との死別が子どもに及ぼす影響を説明した。看護師が見守る中、子ども達と患者の面会を実施した。次女は、「いつ帰ってくる?」と母親に甘えていたが、長女は顔がこわばり、近寄ることができなかった。
個々の家族員の心理状況や、病気の捉え方、これまでの関係性を踏まえたうえで、家族が交流する機会を作ることによって、家族で課題に取り組む準備を整えることにつながる。
11.5 介入3:家族が力を発揮できるようにする
家族員個々の力が発揮できる状況を作ると同時に、家族としての力を発揮できるようにする。患者が心身ともに安定して過ごせるようにし、配偶者には、自身で考え主体的に行動できることを待つ。子どもに対しては、親の意向を考慮しながら発達段階に応じた対応をする。
11.6 その後の経過:交わされた、感謝とお別れの言葉
子ども達の面会を機に、患者と夫は、子ども達の家の様子や家事について会話が増えたようであった。夫は、子ども達に、患者に残されている時間が少ないことを説明し、一緒に頑張ってほしいことを伝えることができた。その後、長女の態度も変化し、夫を手伝うようになり、その様子を聞いた患者は「私がいなくても大丈夫かな」と看護師に話すようになった。患者は、夫や子ども達の変化への気づきや役割喪失に伴う苦しみも感じていると思われたため、傾聴に努めた。
夫には、患者の言葉を伝え、夫の頑張りに対して肯定的な評価を続けた。また、患者を交えて話す時間が少なくなっていること、夫としても父親としても今が頑張り時であることを伝え、家族の中心的な存在として心構えを持てるように働きかけた。その後、10日ほどで看取りとなったが、その過程の中で、夫と子ども達は患者に感謝の気持ちを伝え、患者からもお別れの言葉を伝えることができた。
一人で抱え込んでいた患者、突然の衝撃に動けなくなっていた夫、そして何も知らされていなかった子どもたち。この家族が、わずか10日ほどのあいだに、互いに感謝とお別れの言葉を交わせるところまでたどり着いたという軌跡は、家族ケアという介入が持つ力を、何よりも雄弁に物語っている。
12. 終末期における家族への支援:まとめにかえて
終末期における家族への支援は、患者との死別に伴う家族システムの変化を予測し、家族の力を凝集させ、引き出すことが重要である。夫婦サブシステムを強められるように、患者―配偶者間の相互作用を促進するとともに、配偶者が家族全体の「かじ取り役」になれるように、配偶者の心身エネルギーを保てるような介入が必要である。そのうえで、システムの特性である全体性を活かして、配偶者への働きかけを通して子どもに影響を与え、子どもの力を引き出していく。子どもの反応もまた患者や配偶者に影響を与え、家族全体の変化をもたらすことになる。子どもと配偶者が「残された家族でやっていく」という覚悟を持ち、それを患者にも示して、新たな家族システムをみせれば、患者は安心して旅立つことができるであろう。残された家族は、看取りの経験をこれからの人生の糧として、変化した家族システムで生活していくことへの自信につながる。
患者の病だけを見ていては、終末期ケアは完結しない。システムとしての家族がどう揺れ、どう支え合い、どう新しい形に生まれ変わっていくか——そこに最後まで寄り添うこともまた、看護・介護という仕事の、重要な一部なのである。
