突然始まり、長く続く――脳血管障害という病の終末期ケア
ある日突然に発症し、その日から人生の軌道そのものが変わってしまう。脳血管障害は、がんのように進行を見通すことが難しく、むしろ再発のたびに階段を一段ずつ下りるように障害が重くなっていく、独特の経過をたどる病である。日本人の死因としては第4位にとどまる一方、要介護4・5という最も重い介護を必要とする状態に至る原因としては、実は第1位を占める。本稿では、この脳血管障害という病の終末期に、何が起こり、どのようなケアが求められるのかを見ていく。
1. 脳血管障害とは何か
1.1 脳卒中という、もう一つの呼び名
脳血管障害とは「脳卒中」ともいわれ、脳の血管が詰まる「脳梗塞」、脳の血管が破れる「脳内出血」「くも膜下出血」がある。日本人の死亡原因疾患としては、昭和48年には第1位であったが、脳血管障害の発症に結び付く危険因子に対する啓発、救急医療を中心とした早期治療の充実、新たな治療法の開発などにより、令和2年の死亡順位別では、第1位は悪性新生物、第2位は心疾患(高血圧性を除く)、第3位は老衰で、第4位は脳血管疾患となっている。
1.2 死因としては4位でも、要介護の重さでは1位
ここに、この病の最大の特徴が表れている。令和元年の要介護原因疾患としては「認知症」が最も多く、次いで「脳血管疾患(脳卒中)」となっているが、要介護4・5では脳血管障害は第1位であり、身体的な障害、高次脳機能障害(記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害など)を持った状態で不自由な生活を強いられる疾患であることがわかる。「死に至る病」としての存在感は薄れつつあるが、「生き延びた後に、どれほど重い障害を背負うか」という点では、依然として最も深刻な疾患の一つなのである。
1.3 今後も増え続けると予測される理由
現在の日本は、急速な高齢者人口の増加、食生活の欧米化に伴う生活習慣病(高血圧症、糖尿病、脂質異常症など)の患者が増加している。これらは脳血管障害の要因となり、死亡に至るケースが減少するとしても、脳血管障害患者自体は今後も増加することが予測される。
1.4 本人の意思確認が難しい、という特殊な事情
脳血管障害は、ある日突然発症することが多く、発症時には患者自身は意識障害を呈していることも多いため、治療や延命に関しては本人の意思を確認することが難しく、家族の意思決定に委ねられることが多い。そのため、家族に対する精神的ケアも重要となる。本シリーズでこれまで扱ってきた意思決定支援やアドバンス・ケア・プランニングの考え方が、脳血管障害においては特に「本人が語れない」という前提のもとで実践されなければならない、という困難を抱えている。
2. リハビリテーションという、終末期にも続く営み
2.1 時期によって変わる、リハビリの目的
現在、損傷した脳細胞を蘇らせる画期的な治療法はなく、急性期、回復期、維持期、終末期の脳血管障害患者に対しての治療の一つに「リハビリテーション」がある。しかし、脳血管障害の終末期においてリハビリテーションが行われることは少ない。
脳血管障害のリハビリテーションの目的としては、急性期リハビリテーションの目的を「疾患の重篤化回避・廃用症候群の予防と早期のADL向上と社会復帰を図る」こと、回復期リハビリテーションの目的を「ADLの最大限の回復・早期の社会復帰を目指す」こと、維持期リハビリテーションの目的を「社会的孤立の予防」、終末期リハビリテーションの目的を「最期まで人間らしさを保障する」こととしている。
各時期の具体的な内容を見ると、急性期は①疾患・リスク管理②廃用症候群の予防、回復期は①疾患・リスク管理に留意②ADLの改善③社会復帰④各種集中的な訓練の実施、維持期は①機能維持・改善②ADLの拡大③心のケア④人間関係の拡大⑤新しい生活の組み立て⑥QOLの向上、終末期は①清潔の保持②不動による苦痛の解除③不作為による廃用症候群の予防④関節の変形・拘縮の予防⑤呼吸の合併症予防⑥経口摂取の確保⑦尊厳ある排泄手法の確保⑧家族へのケアという内容になる。
「ADLの向上」や「社会復帰」を目指した急性期・回復期のリハビリとは異なり、終末期のリハビリは「これ以上失わないこと」「不要な苦痛を増やさないこと」に重心が移っていることが、この項目の並びから見て取れる。
2.2 多職種チームで取り組む、包括的な関わり
リハビリテーションは、どの時期であっても、多職種(医師・看護師・療法士・介護士・MSW・薬剤師・栄養士・歯科衛生士など)が一つのチームとなって連携して、患者・家族に対して包括的に関わっていくことが重要とされている。理学療法士・作業療法士・言語聴覚士は訓練室で行う「できるADL」を強化し、看護師・介護士は療養の場で行う「している ADL」を強化し、ともに社会復帰を目指している。「訓練室でできること」と「実際の生活の中でできていること」には、しばしば差がある。この2つの異なる場を担う専門職が連携することで、初めて本人の実生活に根ざした支援が可能になる。
2.3 ICFという、共通言語
ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health:国際生活機能分類)は、2001年5月にWHO総会で採択された。ICFの前身であるICIDH(国際障害分類:1980)が「疾病の帰結(結果)に関する分類」であったのに対し、ICFは「健康の構成要素に関する分類」であり、新しい健康観を提起するものとなった。生活機能上の問題は誰にでも起こりうるものなので、ICFは特定の人々のためのものではなく、「全ての人に関する分類」である。ICFの目的を一言でいえば、「"生きることの全体像"を示す"共通言語"」である。
ICFは、健康状態(病気・けが・妊娠・ストレスなど)を土台に、生命レベルの「心身機能・構造」(心と体の動き、体の部分など)、生活レベルの「活動」(生活行為、家事、仕事など)、人生レベルの「参加」(家庭内役割、仕事、地域社会参加など)という3層の「生活機能」を描き出し、さらにこれらに「環境因子」(福祉用具、建築、家族、友人、サービスなど)と「個人因子」(年齢、性別、民族、生活歴、価値観、ライフスタイルなど)が相互に影響し合うという構造を示している。
生きることの全体像を示す「生活機能モデル」を共通の考え方として、さまざまな専門分野や異なった立場の人々の間の共通理解に役立つことを目指している。終末期リハビリの「①清潔の保持」から「⑧家族へのケア」までの8項目も、このICFの枠組み——心身機能だけでなく、活動、参加、環境因子、個人因子まで含めた全体像——に沿って設計されていると理解すると、その意味がより立体的に見えてくる。
3. 脳血管障害がたどる軌道
3.1 発症直後の生存率と、その後の長い道のり
脳血管障害では20〜30%が発作後30日以内に死亡するが、一方で10年以上生存する者も21%存在する。発作後40%は中等度の障害を、15〜30%は重度の障害を残す。また、原疾患によって予後が異なり、心原性脳塞栓症の予後が最も悪く、次いで動脈硬化性脳卒中、ラクナ梗塞の順である。くも膜下出血を含む脳出血は、最初の発作で死亡する確率は高いが、最初の発作から生還した人の生命予後は比較的良好である。
3.2 急性期を脱した後も、油断できない理由
脳血管障害の急性期を脱した患者では、その発作ではなく、再発やさまざまな合併症で死に至る。脳血管障害後遺症患者の主な死因は、脳血管障害の再発、心血管疾患の合併、そして誤嚥性肺炎であり、これらの予防が重要となる。つまりこの病気は、「最初の発作を乗り越えればゴール」ではなく、むしろそこから始まる長い合併症との戦いだと捉えたほうがよい。
3.3 胃ろうという、重く、答えの出にくい選択
また、脳血管障害においては胃ろうの造設は予後の改善につながる可能性が示唆されており、胃ろうを選択することは軌道に影響を与え得る。しかし、胃ろう造設に関しては、現在でも様々な意見がある。
自宅で介護することが難しい場合は、施設に入所することが多いが、その際には経口摂取ができるか、胃ろうでの注入かという栄養管理の問題がある。多くの場合、胃ろう造設を選択することが多い。この場合、本人の意思確認はできないことが多く、家族の意思で造設されている場合が多いのが現実である。
医師の長尾和宏は『胃ろうという選択、しない選択』の中で「"本人も家族も幸せそうだなあ"と思う、ほほえましい胃ろうと、"たぶん、ご本人はもう止めてくれ!といっているんじゃないかなあ"と思う、悩ましい胃ろうがあると感じます」と述べている。胃ろうを一旦造設すると胃ろう栄養の中止は容易にはできない。中止は死に直結するからである。
3.4 「撤退もありうる」という見解と、残された課題
終末期の胃ろう栄養中止に関しては、法的な整備は不十分であるが、2012年6月に日本老年医学会の「高齢者の摂食嚥下障害に対するガイドライン〜人工的水分・栄養補給の導入を中心として」の中で、「撤退もありうる」との見解が発表された。しかしまだ、あくまで大きな方向性を示した段階であり、現場への周知や具体的な手順については、さらなる検討が必要である。
一度始めると引き返すことが極めて難しいという胃ろうの特性は、本シリーズの意思決定支援の章で扱った「患者がアドバンス・ケア・プランニングで出した意思決定の内容と、現実に起こった状況があまりにも異なる場合」という論点とも、深く関わっている。本人の意思が確認できないまま下された決定が、何年にもわたって本人と家族を縛り続けることになりかねないからこそ、事前の話し合いの重みが増すのである。
4. 脳血管障害がもたらす苦痛と、その緩和
4.1 嚥下障害と肺炎という、切っても切れない関係
脳血管障害急性期の50%以上に嚥下障害が出現し、急性期に肺炎を発症した人はその後も肺炎の発症リスクが高い。終末期の脳血管障害後遺症の患者にとっても、摂食環境の調整や嚥下訓練、口腔ケアは重要な緩和ケアの一つである。気道分泌物による苦痛に対しては、排痰ケア、痰の定期的な吸引、臭化オキシトロピウムなどの抗コリン薬の吸入や臭化水素酸スコポラミンの舌下投与や持続皮下注が有効である。
繰り返す肺炎による呼吸困難に対しては、酸素療法や抗菌薬治療を行う。呼吸困難が強い場合や終末期の肺炎に対してはモルヒネの持続皮下注を行う場合もある。本シリーズで扱ってきた呼吸困難の治療とケアの知識が、ここで脳血管障害という具体的な疾患の文脈の中に、そのまま応用されている。
4.2 麻痺の性質が変わり、痛みの種類も変わっていく
脳血管障害患者の麻痺肢は、経過とともに弛緩性麻痺から痙性麻痺に変化し、痙縮のために運動時の疼痛が出現する。また、意識障害や重度片麻痺など運動機能障害では、廃用性筋萎縮と関節拘縮による疼痛が起こりやすい。痙縮や拘縮に関しては、NSAIDsなどの鎮痛薬とともに、バクロフェンの投与、さらにはボトックスなどを検討する。
視床痛を含む中枢性疼痛は難治性で、感覚低下した四肢に灼熱感や自発痛を認める。NSAIDsやオピオイドが無効で、しばしば抗うつ薬や抗痙攣薬が投与されるが、確実な治療法はない。脳の損傷そのものに由来するこの中枢性疼痛は、通常の鎮痛薬が効かないという点で、ケアに携わる側に特有の難しさをもたらす。
拘縮と臀部の萎縮による仙骨の病的骨突出によって、褥瘡が起こりやすくなり、褥瘡による疼痛を認めることもある。麻痺や筋萎縮などに伴うこのような苦痛緩和のためには、ポジショニングや良肢位の指導、ROM(関節可動域)による拘縮予防、ストレッチやマッサージなどの早期からのリハビリテーション導入や装具や福祉用具、体圧分散器具などの適切な使用が重要である。
4.3 排尿・排便という、見過ごされやすい苦痛
脳血管障害慢性期には15〜30%の患者に切迫性尿失禁や頻尿などの排尿障害が認められる。また、ADLの低下などに伴い、排便障害も出現しやすく、水分や食物繊維の摂取、下剤や浣腸などでコントロールする必要がある。
5. 障害を受け入れていく過程:急性期から終末期までの関わり方
5.1 危機モデルという考え方
障害受容過程には、様々な「危機モデル」が存在するが、脳血管障害患者には、麻痺を受け入れようとする気持ちと、いつかは以前の自分に戻れるという気持ちがある。これら2つの相反する気持ちが代わる代わる現れることで、心のダメージを和らげつつ現実を受け入れようとするという考え方がある。
脳血管障害後、一気に障害を受容するのではなく、期待を抱きつつも少しずつ現実を受け入れていこうとすることで、心理的に不安定な状態を最小限に抑えながらスムーズに障害を受容でき、結果としてリハビリの効果も得やすいとも考えられている。
5.2 家族もまた、揺れ動きながら歩んでいく
また、家族は、患者の生命の危機が救われ一安心しつつ、リハビリを続けても元の体には戻らないという現実を受け止めていく。患者の障害の程度によっては介護生活が始まり、日々、葛藤しながら生活を送ることになる。
5.3 在宅療養への移行は、特に困難が大きい時期
脳血管障害患者が在宅療養に移行する時期は、あらゆる生活場面で、介護者が感じる困難の度合いが大きい。特に、高次脳機能障害を伴う場合、介護場面では、高次脳機能障害を伴わない患者と比較すると、介護状況が安定するまでに長期の時間を必要とすることが多い。そのため、特に在宅療養への移行期には、障害の重症度に応じて、具体的な介助方法を指導し、症状を分かりやすく説明するなどの情報提供が必要となる。
目に見える身体の麻痺とは異なり、記憶や注意、社会的な行動の障害といった高次脳機能障害は、周囲から理解されにくく、それゆえに介護者の戸惑いも長引きやすい。この点への丁寧な情報提供が、在宅移行期にとりわけ重要になる理由である。
5.4 繰り返される再発と、積み重なる家族の葛藤
脳血管障害は、再発を繰り返しやすく、繰り返すたびに障害も重度となり、最終的には声をかけても反応が乏しくなり、会話が難しくなり、経口摂取も困難となり、寝たきりの生活となることが多い。治療を望むのか、延命を望むのかの意思確認ができない場合が多いため、家族は「これで良かったのか?」と葛藤を抱きやすい。いずれの時期においても、多職種で連携し、本人や家族と情報を共有しながら、サポートしていくことが重要である。
6. 脳卒中における終末期医療に関するガイドライン
6.1 脳死とされうる状態、という重い局面
脳血管障害は、脳血管の狭窄・閉塞あるいは破綻を原因として、脳組織が突然障害されて頭痛・頚部痛やめまい、意識障害・運動感覚障害・言語障害・視力障害等の神経症状が急に生じる疾患であり、救命や神経症状回復を目的とした治療が行われる。
しかしながら、治療にもかかわらずしばしば回復の可能性がないと思われる状況に至り、最重症の場合には、「脳死とされうる状態」となる。「脳死とされうる状態」と判断された場合には、臓器提供の機会があることを家族等に説明し(いわゆるオプション提示)、コーディネーターによる説明や家族等の同意を経て、臓器提供する場合には法的脳死判定が行われる。一方、臓器提供を前提としない場合には「脳死とされうる状態」であっても法的脳死判定は行われず、医療・ケアのあり方は臨床現場や家族等に委ねられている。
6.2 人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセス
厚生労働省「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年改訂)では、一般的な人生の最終段階における医療・ケアのあり方と方針の決定手続きについての指針が示されており、本人が医療・ケアチームと十分話し合ったうえで、本人の意思決定を基本とすることが重要とされている。なお、平成26年には日本救急医学会・日本集中治療医学会・日本循環器学会3学会から「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」が、平成28年には全日本病院協会から「終末期医療に関するガイドライン」が、それぞれ提言されている。
6.3 脳卒中特有の事情:本人の意思がそもそも確認できない
しかし、重症脳卒中においては、意識障害その他の重篤な神経症状により本人の意思を確認し得ず、また突然の発症であるため、発症前における本人の意思を家族等も確認できていないことが少なくないという脳卒中ゆえの特殊な事情がある。
がんであれば病状の進行に伴って、本人と家族が徐々に終末期について話し合う時間的余裕が持てることが多い。しかし脳卒中は、発症のその瞬間まで、本人も家族も「いつかの終末期」について話し合う機会を持てていないことがほとんどである。この「準備の時間がない」という特殊性こそが、脳卒中の終末期医療を、他の疾患の終末期医療と根本的に異なるものにしている。
6.4 日本脳卒中学会による、独自のガイドライン
2018年12月に日本脳卒中学会が発表した「脳卒中における終末期医療に関するガイドライン」では、脳卒中の終末期を、「回復不可能な全脳機能不全から、遷延性植物状態や、脳卒中再発や増悪を繰り返して寝たきりとなり死が間近に迫っている状態まで」という幅広い概念としている。このガイドラインは初版でもあり、「脳卒中における終末期」の中でも、まずは「脳卒中による全脳機能不全(脳卒中を原因とした、全脳の不可逆的な機能不全で、いかなる治療を行っても死が避けられない状態)」のみを対象としている。
6.5 維持期(生活期)を対象にした、さらなる提言
その後、「重症脳卒中の維持期における緩和と療養に関する提言」が発表された。脳血管障害では、がんや心疾患と異なり、意識障害が突発するため、重症脳卒中では急性期にアドバンス・ケア・プランニング(ACP)が示されることは例外的であるという特徴を踏まえ、患者および家族等の苦しみを予防・軽減し支援するために作成されている。この中の緩和ケアは、①患者本人に対する緩和ケア、②家族等に対する緩和ケア、③家族等に対する説明と話し合いと記載されている。
また、「自宅復帰困難な後遺症を呈する脳卒中の維持期(生活期)における緩和と療養に関する提言」も発表された。この内容は、重度な意識障害は呈していないものの、様々な後遺症や合併症により療養型病院等における長期的な療養が必要と見込まれる脳卒中患者を対象として、患者および家族等の悩みや苦しみを予防・軽減し、療養のあり方についての意思や方針を決定することを支援する内容となっている。この提言の対象は、脳卒中後遺症あるいは合併症により自宅以外での療養が長期化するのみならず、脳卒中の再発や他の疾患に罹患することがありうる患者とその家族等であり、日本脳卒中学会のみならず関係する分野の方々に本提言の活用を希望するものである。
6.6 今後必要とされる体制
そして、今後必要となる体制として、脳卒中に特化した緩和ケアの専門職を育成すること、その体制を整えること、将来的には地域の脳卒中センターなどに、急性期から維持期まで一貫した脳卒中患者と家族のケアのための情報提供や支援ができるような脳卒中相談窓口の設置が望まれると記載されており、今後に向けて、各地域での脳卒中医療連携体制のさらなる強化が進められている。
7. まとめ:突然始まる病に、備えるということ
脳血管障害の終末期ケアが、他の疾患のそれと一線を画すのは、「本人の意思を、事前に確認する時間がほとんどない」という、この病気固有の性質にある。がんであれば、本シリーズで繰り返し扱ってきたアドバンス・ケア・プランニングを通じて、本人が自らの言葉で望みを語る機会を持てることが多い。しかし脳血管障害は、ある日突然、その機会そのものを奪い去ってしまう。
だからこそ、胃ろうの選択をめぐる家族の深い葛藤、本人の意思確認ができないまま繰り返される再発への対応、そして日本脳卒中学会が「急性期にACPが示されることは例外的」と明記したうえで策定した、維持期に特化した緩和ケアの提言——これらはすべて、「本人が語れない」という前提のもとで、いかにして本人らしい最期を支えるかという、困難な課題への応答である。
終末期リハビリテーションが目指す「最期まで人間らしさを保障する」という目的、そしてICFが示す「生きることの全体像」という視点は、身体機能の回復が望めなくなった後も、本人の尊厳と生活の質を守ろうとする、この分野の一貫した姿勢を物語っている。突然始まり、再発のたびに重くなっていくこの病気に対して、医療・介護の現場は、事前の備えが利かない中でも、本人と家族に寄り添い続けるための体制を、今なお模索し続けているのである。
