痛みと向き合うケアの技術――トータルペインという視点から考える、終末期の痛みとその緩和
痛みほど、本人にしか本当のところがわからない体験はない。同じ検査結果、同じ病状でも、ある人は平然と過ごし、ある人は夜も眠れないほど苦しむ。がん患者の場合、診断時点ですでに20〜50%が痛みを経験しており、終末期になると、死を迎える2週間前には75%もの患者が何らかの痛みを抱えているとされる。痛みは単に「つらい」だけでなく、動けない、イライラする、誰にも会いたくなくなるといった形で、生活そのものを静かに蝕んでいく。終末期ケアにおいて痛みの緩和がこれほど重視されるのは、この広範な影響力ゆえである。
1. 痛みを4つの顔から捉える:トータルペインという考え方
1.1 「痛い」の中身は一つではない
痛みは主観的な症状であり、単に身体の損傷だけで説明できるものではない。精神的な動揺、社会的な立場の喪失、そして人生の意味を問うようなスピリチュアルな苦悩が複雑に絡み合い、身体的な苦痛そのものの感じ方さえ変化させる。この「全人的な痛み」を捉える枠組みが、イギリスの医師シシリー・ソンダースが終末期患者との臨床経験から編み出した「トータルペイン」という概念である。
身体面では痛み以外の症状やがん治療の副作用、不眠や慢性疲労が重なり合う。精神面では、診断が遅れたことへの怒りや、効果の乏しい治療への苛立ち、変わりゆく自分の身体への戸惑い、死への恐怖が渦巻く。社会面では、家計の心配、職場での立場や収入の喪失、家庭での役割を失う疎外感がのしかかる。そしてスピリチュアルな面では、「なぜ自分がこんな目に」「何のために生きているのか」という、答えのない問いが湧き上がる。この4つの領域は互いに独立しているのではなく、絡み合いながら一つの「痛み」として本人を襲う。
1.2 WHOが定義する緩和ケアの本質
世界保健機関(WHO)が2002年に示した緩和ケアの定義は、生命を脅かす病に直面する患者とその家族のQOLを、痛みをはじめとする身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し、的確に評価し対応することを通じて向上させるアプローチだと説明している。この定義が示唆するのは、痛みのケアが単独の技術ではなく、4つの側面すべてを統合的に見渡す視野を要求するという点である。がん患者に限らず、終末期ケアに関わるすべての医療・介護従事者に、このトータルペインへの理解が求められる。
1.3 痛みという言葉の定義そのものが更新された
痛みという概念自体、近年大きく書き換えられた。2020年、国際疼痛学会(IASP)は41年ぶりに痛みの定義を改訂し、日本疼痛学会はこれを「実際に組織損傷が起こった時、あるいは起こりそうな時に付随する不快な感覚および情動体験、あるいはそれに似た不快な感覚および情動体験」と訳した。この定義の注目すべき点は、「組織損傷に似た」という表現である。これにより、明らかな身体の損傷がなくても起こりうる痛みの存在が、公式に認められることになった。
2. 痛みはどこから生まれるのか:機序による分類
2.1 侵害受容性疼痛:体に起きていることが引き金になる痛み
痛みはその発生の仕組みによって大きく分類される。最も直感的に理解しやすいのが「侵害受容性疼痛」で、皮膚や骨、関節、筋肉など体性組織への切る・刺すといった機械的な刺激や、臓器の管腔を圧迫・閉塞・炎症させる刺激が、末梢神経を通じて脳へと伝わり、痛みとして認識される仕組みである。
この侵害受容性疼痛はさらに2つに分かれる。「体性痛」は骨転移痛や術後の創部痛のように、局在がはっきりしており、体を動かすと悪化しやすいのが特徴だ。一方の「内臓痛」は、消化管の閉塞や肝臓・膵臓の炎症・腫瘍が原因で起こり、場所がぼんやりとしていて、鈍く重苦しい、押されるような痛みとして表現されることが多く、吐き気や発汗を伴うこともある。肝臓がんで右肩が痛むといったように、病巣から離れた場所に痛みが現れる「関連痛」が見られることもある。
2.2 神経障害性疼痛:神経そのものが傷ついて生まれる痛み
一方、「神経障害性疼痛」は、神経線維そのものに炎症が起きたり、切断・損傷を受けたりすることで、電気信号の伝わり方が異常になり、神経が過敏に興奮して生じる痛みである。がんが浸潤したり腫瘍が増大したりすることで神経が圧迫・損傷される場合に多く見られ、脊椎への骨転移による脊髄神経の圧迫、肺の腫瘍による腕の神経叢への浸潤、骨盤内腫瘍による下肢の神経叢への圧迫、帯状疱疹後の神経痛などが代表例として挙げられる。
この痛みは、灼けるような、電気が走るような、ピリピリするという、体性痛や内臓痛とはまったく異なる言葉で表現されることが多い。中には、衣服が擦れるだけのごく軽い刺激でも強い灼熱感を引き起こす「アロディニア」と呼ばれる症状が生じることもあり、突然電気が走るような痛みがすぐに消える「電撃痛」が見られる場合もある。
2.3 痛覚変調性疼痛:第3の痛みという新しい概念
近年、新たに位置づけられたのが「痛覚変調性疼痛(Nociplastic pain)」である。これは身体の損傷や病変といった明らかな原因が認められないにもかかわらず、痛みを感じる仕組みそのものが変調することで引き起こされる痛みを指す。原因が特定しにくいため慢性化しやすく、QOLを著しく損ないがちで、今後さらなる研究と、より効果的な治療薬の開発が期待される領域である。
3. 痛みを正しく「聞き取る」技術:アセスメントの実際
3.1 なぜアセスメントがすべての出発点になるのか
痛みのあるケアにおいて、何よりも重視すべきなのが痛みのアセスメントである。痛みは本人にしかわからない主観的な感覚であり、一人ひとり感じ方も訴え方も違う。たとえ家族であっても、その痛みを正確に理解し代弁することはできない。だからこそ、本人とのコミュニケーションを十分に取り、評価ツールを活用しながら情報を共有し、的確にアセスメントを行う必要がある。「そんなに痛そうに見えない」「気持ちの問題ではないか」という決めつけは、本人の訴えを軽視することになりかねない。医療・介護従事者には、まず患者の言葉を信じる姿勢と、トータルペインの視点からの丁寧な問診が求められる。
3.2 初めて痛みを訴えられたとき、何を確認すべきか
初期アセスメントは、入院時や初回訪問時、あるいは新たな痛みが出現したときに行われる。確認すべき項目は多岐にわたる。
まず「どこが痛みますか」と部位を一緒に確認し、皮膚神経分布図と一致しているかどうかを見る。体性痛は限局しているが、内臓痛は部位がぼんやりしているのが特徴で、病態と痛みの場所がずれている場合は、関連痛やがん以外の原因を疑う材料になる。
次に「どのように痛みますか」と性質を尋ねる。本人がうまく言葉にできないときは、「重い感じですか、それともビリビリしますか」といくつか選択肢を示して表現を助けるとよい。神経障害性疼痛では「電気が走るような」「しびれるような」、内臓痛では「鈍い」、骨転移痛では安静時は「うずくような」だが動くと「鋭い」というように、痛みの種類によって特徴的な言葉が使われる。
強さについては「どのくらい痛みますか」と尋ね、痛みが出現したときや鎮痛薬の投与時、最大効果が出る時間帯を目安に、患者・家族・医療者で共有できるペインスケールを用いる。ただし認知機能が低下している場合や小児などでは、スケールでうまく表現できないこともあるため、必ずしも使用する必要はない。
さらに「いつ頃から痛みがありますか」「1日のうちで変化はありますか」と持続時間や日内変動を尋ねることで、常に続く「持続痛」なのか、一時的に強まる「突出痛」なのかを把握できる。「痛みが強くなる時、逆に軽くなる時はどんなときですか」と増強因子・緩和因子を一緒に探ることも欠かせない。体動が増強因子であれば、動く前に鎮痛薬を内服する工夫ができるし、不安や不眠といった精神的な因子が痛みの閾値を下げている可能性も考慮する必要がある。
そして「痛みがあることで、生活のなかで一番困っていることは何ですか」と尋ね、睡眠、食事、排泄といった日常生活への影響を本人の言葉で聞き取る。過去に使った鎮痛薬の効果や副作用を確認することも、次の薬を選ぶうえで重要な手がかりになる。最後に、現状の受け止め方や死への思い、家族関係の心配事といった、精神的・社会的・スピリチュアルな側面についても、家族を「第二の患者」として捉えながら情報を集める。
3.3 一度で終わらない、続けることに意味がある評価
鎮痛薬による治療が始まった後も、アセスメントは継続される。鎮痛効果や副作用を確認し、日常生活がどう変化したか、本人が治療に満足しているかという視点で評価を重ねていく。がん患者では病状の進行に伴って痛みが増強する傾向があるため、繰り返しのアセスメントが新たな痛みの早期発見につながる。痛みの評価シートなどを活用して記録に残し、医療・介護チーム全体で情報を共有することが、切れ目のないケアを支える土台になる。
4. どこまで痛みを和らげるか:治療の目標設定
痛みの治療を考えるうえで、WHO方式がん疼痛治療法は、現実的かつ段階的な目標設定を推奨している。第一の目標は、痛みに妨げられずに夜間しっかり眠れること。第二の目標は、日中の安静時に痛みがない状態で過ごせること。そして第三の目標は、体を動かしたときの痛みまで消え去ることである。いきなり「痛みゼロ」を目指すのではなく、まず夜の眠りを取り戻すところから始め、段階的に生活の質を広げていくという発想が、このアプローチの核心にある。
目標を立てたら終わりではない。痛みによって妨げられていた日常生活や睡眠がどう変化したか、本人と家族がそれをどう感じているかを、日ごろのコミュニケーションを通じて共に評価していく。身体面だけに目を向けず、生活や心理面にも目を配りながらケアと評価を繰り返すことが、痛み治療の本質である。
5. 薬で痛みに立ち向かう:薬物療法の全体像
5.1 WHOが示す4つの基本原則
痛みの治療は、薬物療法と非薬物療法を組み合わせることが基本となる。薬物療法ではオピオイドをはじめとする鎮痛薬が中心的な役割を果たす。かつては「5段階除痛ラダー」として知られる治療手順が広く使われてきたが、2018年の改訂で、これは教育ツールとしては有用であるものの、厳格な治療プロトコルではないとされ、代わりに4つの「基本原則」が示されるようになった。
可能な限り経口投与とする(by mouth):患者のQOLを考え、本人や家族が自宅でも管理しやすい飲み薬が基本だが、嘔気や嚥下困難がある場合は、坐薬や貼付剤、注射など他の経路を検討する。
時間を決めて投与する(by the clock):がんの痛みは持続的であるため、一定の間隔で定期的に投与し、薬の効果が切れるタイミングで痛みがぶり返さないようにする。
患者ごとに個別の量で(for the individual):定期投与する量は人によって異なり、効果を繰り返し評価しながら調整する必要がある。高齢者や全身状態が悪化している患者では、少量でも十分な効果が得られることがあるため、慎重に最少量から始める。
その上で細かい配慮を(with attention to detail):生活背景を踏まえ、できる限り本人や家族が自宅でセルフケアしやすい工夫をする。投与時刻を生活リズムに合わせたり、鎮痛薬への思いや懸念に丁寧に向き合ったりすることも、この原則に含まれる。
5.2 痛みの強さ・種類に応じた薬の顔ぶれ
非オピオイド鎮痛薬には、抗炎症・解熱・鎮痛作用を持つNSAIDs(ロキソニンやボルタレンなど)と、解熱・鎮痛作用は強いが抗炎症作用がほとんどないアセトアミノフェン(カロナールなど)がある。前者は胃腸障害や腎機能障害に、後者は過量投与時の肝機能障害に注意が必要だ。
オピオイド鎮痛薬は、「麻薬性鎮痛薬」と呼ばれるが、麻薬という社会的な用語とオピオイドという薬理学的な用語は本来意味が異なる。体内の血液に取り込まれ、中枢神経にあるオピオイド受容体に作用することで、モルヒネに似た鎮痛効果を発揮する薬剤の総称である。コデイン、トラマドール、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、メサドン、タペンタドール、ヒドロモルフォンといった種類があり、それぞれに個性がある。
コデインはモルヒネの約6分の1の鎮痛効果を持ち、咳を鎮める作用も兼ね備える。トラマドールは抗うつ作用(SNRI)も併せ持ち神経障害性疼痛にも効くが、効果には上限(天井効果)がある。オキシコドンはモルヒネの1.5倍の効力を持ち有効限界がなく、腎機能が低下していても使いやすい。モルヒネは剤形が豊富で鎮咳や呼吸困難の緩和にも役立つ一方、腎機能低下時には代謝産物が蓄積して眠気が強まりやすい。フェンタニルはモルヒネの80〜100倍の強さを持ち便秘が生じにくいが、増量時の呼吸抑制には注意がいる。メサドンは鎮痛作用に加えNMDA受容体への拮抗作用を持つが、半減期が長く細かい調整がしにくい。タペンタドールはノルアドレナリンの再取り込みを阻害する作用も持つため神経障害性疼痛にも効き、ヒドロモルフォンはモルヒネに似た構造ながら腎機能低下時にも使いやすいという特徴がある。
さらに、それ自体は鎮痛作用を持たないものの、鎮痛薬と併用することで効果を高める「鎮痛補助薬」という存在もある。抗うつ薬、抗けいれん薬、抗不整脈薬、NMDA受容体拮抗薬、筋弛緩薬、ベンゾジアゼピン系抗不安薬、コルチコステロイド、ビスホスホネート製剤などが、神経障害性疼痛や骨転移による痛みなど、特定の状況で力を発揮する。
5.3 オピオイドの副作用と、現場でできる対策
オピオイドは鎮痛という目的の作用の裏で、さまざまな副作用を引き起こす。血中濃度が鎮痛に適した範囲にあるときに現れやすいのが、嘔気・嘔吐や便秘だ。血中濃度がさらに上がり毒性域に達すると、眠気などの行動抑制や呼吸抑制が現れる。この用量反応の階段構造を知っておくことは、安全管理の第一歩になる。
便秘は、オピオイドが腸の蠕動運動を抑え、消化液の分泌を減らすことで便が硬くなり生じる。もともとの排便習慣や体質も大きく関わるため、排便の回数や性状を見ながら、大腸刺激性下剤、浸透圧性下剤、オピオイド誘発性便秘の治療薬、浣腸薬などを個々の患者に合わせて使い分ける。耐性ができにくい副作用であるため、継続的な下剤の調整が欠かせない。
嘔気・嘔吐は、脳の化学受容器引き金帯が刺激されることで起こり、多くは投与初期や増量時に見られるが、数日内に体が慣れて治まることが多い。第一選択はドパミン受容体拮抗薬で、効かない場合は非定型抗精神病薬が検討される(ただしオランザピンは糖尿病患者には禁忌)。抗ドパミン作用を持つ薬を長く使うと、じっとしていられなくなる「アカシジア」という症状が出ることもあるため、症状が落ち着いたら速やかに投与を終える。
眠気は投与初期や増量時に起こりやすいが、通常は数日で自然に消える。痛みの訴えがないまま眠気が強まっているときは減量を、痛みも眠気も両方強いときは他のオピオイドへの「スイッチング」を検討する。カフェインの摂取が有効な場合もある。このほか、せん妄、呼吸抑制、口内乾燥、掻痒感、排尿障害なども、オピオイドの副作用として現れうる。
5.4 「レスキュー・ドーズ」という駆け込み寺
痛みは、常に続く「持続痛」と、時おり出現する「突出痛」に分けられる。突出痛に対して、速放性のあるオピオイドを臨時に使うことを「レスキュー・ドーズ」と呼ぶ。これにより、突出痛が現れた際に速やかに痛みを和らげ、不快な時間を最小限にできる。骨転移による体動時の痛みのように予測できる突出痛では、動く約30分前にあらかじめレスキューを使っておく「事前鎮痛」が有効な場合もある。
レスキューは、定期投与しているオピオイドと同種類の速放剤を選ぶのが原則で、経口なら1日の定期投与量の10〜20%を1回量として設定する。最大効果が出る時間を過ぎても効果が得られなければ、再度使用してよい。レスキューの使用回数は、定期投与量を増やすべきかどうかの目安になるため、医師との情報共有が欠かせない。
6. オピオイドを初めて使う人に、何をどう伝えるか
初めてオピオイド鎮痛薬を導入するとき、患者・家族には丁寧な説明と心理的な配慮が求められる。ここで鍵になるのが、4つの柱からなる服薬指導である。
まず、痛みを我慢せず早期に対処することで慢性化を防げること、痛みは主観的な訴えであり本人の積極的な参加が治療に不可欠であることを伝え、疼痛コントロールの重要性への理解を促す。
次に、オピオイドに対する誤解や不安を取り除く。痛みがある状況下でのオピオイド使用では依存が形成されにくいこと、痛みの感じ方には個人差が大きく、オピオイドを導入したからといって必ずしも病状が進行・悪化しているわけではないこと、命を縮めることはないこと、有効限界がないため増量しても鎮痛効果が弱まることはないこと、そして痛みが和らげば減量・中止も可能であることを、はっきりと言葉にして伝える。
また、定期的な服用によって血中濃度が安定し疼痛緩和が期待できること、投与量には個人差が大きいこと、効果発現までの時間を理解しておくこと、レスキューの有効な使い方を一緒に見出していくことなど、オピオイドについて正しい知識を持てるよう支援する。
最後に、便秘は耐性が生じにくいため下剤の調整方法を伝え、悪心・嘔吐は投与開始から1〜2週間で治まることが多いが予防的な制吐剤の検討もありうること、眠気は1週間程度で軽快・消失するが支障が強いときは相談すべきことなど、副作用対策を自己管理できるよう指導する。
6.1 現場で出会う、ためらいの壁
実際の現場では、知識だけでは越えられない壁にぶつかることがある。戦争を経験した80代の男性患者が、膵臓がんによる痛みでオピオイドを提案されながら「モルヒネなんて飲んだら死んでしまう」と拒んだ事例では、まず「なぜそう思うのか」という、これまでの生き方や生活背景に根ざした思いを傾聴することから介入が始まる。昔の使い方と現在の安全性の違いを説明し、痛みで夜眠れないことが生活にどう影響しているかを一緒に確認し、抵抗が大きいときはまずレスキュー・ドーズから試すという選択肢を提案する、という段階的なアプローチが取られる。
もう一つの事例、肺がんで胸膜播種による痛みと呼吸困難感を抱える40代の女性は、もともと処方されていたコデインの便秘が悪化していたことから、オピオイド全般への抵抗感を強め、「やりたいことができなくなるのではないか」という不安も抱えていた。ここでの介入は、まず痛みの種類を見極めてNSAIDsとコルチコステロイドから始め、呼吸困難時にはレスキューを準備し、「やりたいこと」の中身を本人と具体的に確認しながら目標を共有し、便秘対策として水分摂取や食事の工夫、下剤の調整方法を指導するという、多角的な組み立てになっている。この2つの事例が示すのは、薬理学的な知識と同じくらい、本人の「物語」に耳を傾ける姿勢が治療の成否を左右するということである。
7. 薬以外で痛みに働きかける方法
7.1 放射線療法と神経ブロック
骨転移痛や神経圧迫による痛みには、放射線療法が有効である。根治目的の照射と異なり、患者の負担が少ない総線量を短期間で照射するのが特徴で、通常20〜30グレイを2週間程度かけて行うことが多いが、脊髄神経圧迫のような緊急性の高い場面では、1回あたりの線量を増やして照射回数を減らすこともある。効果が出るまで約2週間、最大効果が出るまで4〜8週間かかるため、生命予後が2週間から1か月以内と予測される患者には適応とならない場合もある。
神経ブロックは、末梢神経や交感神経節などに局所麻酔薬や神経破壊薬を注入し、神経の機能を一時的あるいは半永久的に遮断する治療である。痛みの原因となっている神経に直接働きかけるため高い鎮痛効果が期待でき、オピオイドの量を減らせる可能性がある一方、治療中の体位保持や施術後の安静保持が患者の負担になること、神経損傷による運動障害や血圧低下のリスクがあることが欠点として挙げられる。
7.2 体の向きを整える、ポジショニングという配慮
終末期にある患者の多くは病状が進み、自分で体を動かせないケースが少なくない。ポジショニングの援助が必要な患者は、自己コントロール感の喪失や抑うつ気分を感じやすくなっているため、ただ機械的に体位を整えるのではなく、精神面にも配慮した声かけと姿勢で接することが大切になる。
痛みのある患者のほとんどは、体を動かすことで痛みが増す経験をしており、動くこと自体への恐怖心や抵抗感を抱いている。動くことが億劫になるほど筋肉や関節の固縮は進み、さらなる痛みを生む悪循環に陥る。ポジショニングの前にはレスキュー・ドーズを使用し、患者のペースに合わせて、できるだけ痛みを感じない方法を一緒に探っていく姿勢が求められる。
7.3 手を触れる、温める、気をそらす:身体に寄り添うケア
マッサージは筋肉の緊張をほぐし、血流を改善することで痛みを和らげる。人の手のぬくもりに触れることで得られる安心感も、見逃せない効果の一つだ。ただし好みが分かれる方法であり、神経障害性疼痛に伴う感覚過敏やアロディニア、放射線療法の照射部位、褥瘡、腫瘍や骨転移の部位には禁忌となる。
加温には、ホットパック、温湿布、入浴、カイロの使用などの方法があり、局所の血流を増やして発痛物質の排泄を促す。個人差はあるがリラクゼーション効果も期待でき、交感神経に由来する痛みには特に有効とされる。冷却には冷湿布や冷湯布があり、血管を収縮させることで発痛物質の産生を抑える。ただし冷やしすぎると痛みの感覚がかえって敏感になることもあるため、注意深い観察が必要だ。出血、感染、浮腫、外傷、感覚鈍麻がある部位には、いずれも禁忌とされる。
気分転換法(注意転換法)は、意識を痛み以外の感覚に向け、気持ちを痛みからそらす方法である。音楽を聴く、テレビを見る、誰かと話をするなど、方法は人それぞれで、無意識のうちに痛みを紛らわす行動を取っていることも多い。一時的にでも痛みを忘れて何かに没頭できる時間をつくることは、痛みの緩和因子の種類を増やし、痛みの閾値を上げることにつながる。
8. 「痛みからの解放」を支える、垣根を越えたチーム
どれほど有効な治療やケアが用意されていても、痛みを感じている本人が「どうにかしたい」と思えなければ、前に進むことはできない。実際に痛みのある患者と関わっていると、多くは「どうにかしたいが、どうしたらいいのかわからない」という思いの中にいることが見えてくる。自分の痛みを軽減する方法について、本人自身が考え、主体性を持って実践できるようサポートすることこそが、医療・介護従事者に求められる役割である。こうした関わりを積み重ね、本人が痛みに対して「自分でもコントロールできる」という感覚を持てるようになったとき、本当の意味での「痛みからの解放」が実現すると考えられる。
超高齢化が進む中、在宅ケアの必要性は今後ますます高まっていく。在宅の現場で療養者に最も近い距離でケアしているのは介護職である。痛みのケアは「点と点をつないで線として観る」ことに本質的な意味がある。療養者との接点が多い介護職からの情報は、ケア全体を支える貴重な手がかりになる。介護職自身が痛みについての知識を持つことは、切れ目のない痛みのケアへと直結しており、その役割への期待は今後さらに大きくなっていくだろう。目の前で痛みに苦しむ一人の人に何ができるのか。その人を取り巻くすべての職種が垣根を越えて語り合い、それぞれの立場でできることを重ねていくことこそが、痛みのケアを前進させる確かな道筋になる。
