「食べられない」という苦しみに向き合う――終末期の消化器症状(食欲不振から腹水まで)

終末期にある人々にとって、「食べられない」という事実は、単なる栄養の問題にとどまらない。食事は生きることそのものの象徴であり、それが思うようにいかなくなることは、本人にも家族にも、深い精神的な揺らぎをもたらす。終末期患者の消化器症状は、原因が実に多様で、しかもいくつもの病態が複雑に絡み合いながら現れる。食欲不振、悪心・嘔吐、嚥下困難、消化管閉塞、腹水——これらは別々の症状のように見えて、実は互いに関連し合い、連鎖することも少なくない。本稿では、それぞれの症状がなぜ起こり、どう治療し、どうケアするのかを、一つひとつ丁寧に見ていく。

Contents

1. 食べる気力が失われる:食欲不振という症状

1.1 「食べたくない」の裏にある多様な理由

食欲不振とは、食物を摂取したいという生理的な欲求そのものが低下した状態を指す。その原因は驚くほど幅広い。がんの進行に伴う悪液質(全身の代謝異常によって痩せ衰えていく病態)はもちろんのこと、消化器系の疾患(胃炎、逆流性食道炎、消化管閉塞、便秘など)、他の身体症状(痛みや呼吸困難、嚥下障害)、代謝・電解質の異常(高カルシウム血症、低ナトリウム血症、肝不全、腎不全)、口腔内の問題(味覚障害、口腔乾燥、口内炎、虫歯、義歯の不具合)、治療に関連するもの(オピオイドや抗がん剤といった薬剤、放射線療法、高カロリー輸液)、不安や抑うつ、せん妄といった精神症状、さらには臭気や騒音、使いにくい食器、椅子やテーブルの高さといった環境要因まで、ありとあらゆる方向から食欲を揺さぶってくる。

食べる量が減り、やがて実際に食べられなくなっていくと、本人の中では「このまま衰弱していくのではないか」という恐怖心が膨らんでいく。食欲不振は身体症状であると同時に、精神的な危機の入口でもあるという視点を持っておく必要がある。

1.2 まずは治せる原因から手をつける

治療の第一歩は、食欲不振を引き起こしている原因疾患を見極め、早期に対処することである。あわせて、痛みや呼吸困難といった、改善可能な苦痛症状を和らげることで、結果的に食欲そのものが戻ってくることもある。

1.3 胃の動きを整える薬という選択肢

胃の内容物がうまく流れていかない「停滞」や、消化管の通過そのものが妨げられている場合には、消化管運動改善薬(メトクロプラミド、ドンペリドン、モサプリドクエン酸塩水和物など)が、悪心・嘔吐や腹部膨満感を伴う食欲不振に有効なことがある。これらは消化管の運動を整え、吐き気を抑える作用も併せ持つ。ただし長期間使い続けると、体の動きが硬くなるなどの錐体外路症状が出ることがあるため、症状が良くなった後や効果が感じられない場合は、速やかに中止するのが望ましい。

1.4 「食欲のスイッチ」に働きかけるホルモン療法

コルチコステロイド(デキサメタゾン、ベタメタゾンなど)は、脳の視床下部にある食欲中枢に直接働きかけることで、食欲不振を改善するとされ、効果があれば数日以内に症状が改善することが多い。ただし副作用として、筋肉が萎縮するミオパチー・クッシング症候群、血糖値の異常、せん妄などが起こりうる。

もう一つの選択肢がプロゲステロン製剤(メドロキシプロゲステロン酢酸エステルなど)である。プロゲステロンは、もともと卵巣や胎盤で作られる黄体ホルモンで、視床下部にある強力な食欲促進の仕組みを活性化させる働きを持つ。月単位の長期投与になる場合、コルチコステロイドより安全に使えるという利点がある。副作用としては、軽度のむくみを伴う満月様の顔つき、不正出血、血糖値の異常、血栓症などが挙げられる。

1.5 高カロリー輸液は、むしろ負担になることがある

意外に思われるかもしれないが、終末期になると、高カロリー輸液そのものが血糖異常や電解質異常、腹水の増加、全身のむくみ、感染のリスクを高めてしまう可能性がある。この段階に至ったら、輸液は維持輸液(最低限の水分・電解質を補う輸液)へと切り替えることが望ましいとされる。「栄養を与えること」が、必ずしも体にとって良い結果をもたらすとは限らないという、終末期ケア特有の逆説がここにある。

1.6 アセスメントは「食べられない理由」を多面的に探る作業

食欲不振のケアは、原因や誘因、程度、病状、現在の経口摂取の状況、これまでの食習慣や好み、食事の動作がどこまでできているか、本人・家族の思い、現在の対応状況、精神状態まで、幅広い視点から情報を集めるところから始まる。終末期になり病状が進行すると、認知機能の低下や脳への転移によって、食事の動作そのものがわからなくなってしまうこともあるため、視野を狭めずに観察することが欠かせない。

1.7 「量より味わい」という発想の転換

食事の工夫では、好きなものを好きなときに好きな分だけ摂取できるようにすることが基本になる。食べる量そのものを目標にするのではなく、味わうことを大切にして満足感を得られるようにする発想の転換が重要だ。ゼリーやアイス、果物など口当たりの良いものは比較的食べやすい。調理方法や食べやすい食材について、管理栄養士などの専門家と連携することも効果的である。

1.8 口の中の小さな不調が、大きな壁になる

口腔内にトラブルがあると、食事をすること自体が億劫になる。特に口内炎など痛みを伴う場合は、食事そのものがストレスの源になりやすい。口腔内が乾燥すると、味覚の異常や嚥下の困難も生じやすくなる。食事を摂っていないときでも、ブラッシングやうがいを行い、口腔内を清潔に保つ必要がある。

1.9 食卓という「場」を整える

食事をする空間の臭気や音など、適切な環境づくりも見落とせない。時には食べる場所を変えてみたり、季節に応じて食器を変えてみたりして、食事環境に変化をつけることが気分転換になることもある。

1.10 衰えていく自分と向き合う、精神的な痛み

食欲不振は、衰弱していく自分という現実と直面する症状の一つである。病状の進行や、残された時間が長くないのではないかという不安が高まり、精神的な負担が大きくなるため、本人の思いにじっくり耳を傾ける傾聴と、支持的な関わりが必要とされる。

2. 込み上げる不快感:悪心・嘔吐の治療とケア

2.1 「吐きそう」と「実際に吐く」は、別の現象である

悪心とは、咽頭から前胸部・心窩部にかけて嘔吐が起こりそうな主観的な不快感を指す。一方の嘔吐は、上部消化管の内容物が食道を経て口腔から吐き出されるという、客観的に観察できる現象である。悪心が主観的な症状であるのに対し、嘔吐は客観的な徴候だという違いは、アセスメントの際に意識しておきたいポイントだ。

2.2 4つの入口から押し寄せる原因

悪心・嘔吐の原因は、大きく4つの経路に整理できる。消化管の異常(胃内容物の停滞、便秘、腸閉塞など)、乗り物酔いや中耳炎、メニエール病といった前庭器官系の刺激、脳腫瘍や脳出血、髄膜炎、頭蓋内圧亢進、不安や恐怖によって中枢神経系そのものが刺激される場合、そしてオピオイドなどの薬剤や高カルシウム血症といった電解質異常、肝不全・腎不全、感染症によって「化学受容器引き金帯(CTZ)」という、脳にある嘔吐のスイッチが刺激される場合である。入口は違っても、最終的には同じ「吐き気」という症状にたどり着くというのが、この症状の厄介なところだ。

2.3 原因に応じて使い分ける薬たち

腹水の貯留やがん性腹膜炎、肝腫大などによって胃の内容物が停滞したり、上部消化管の通過が妨げられたりしているときは、消化管運動改善薬(メトクロプラミド、ドンペリドンなど)が有効である。ただし腸閉塞が完全に塞がっている場合や、消化管出血、消化管穿孔がある場合には、使用してはならない。

抗精神病薬(ハロペリドール、オランザピン、プロクロルペラジンなど)は、CTZに作用して制吐効果を発揮し、オピオイド、化学療法、肝不全、尿毒症による悪心・嘔吐に有効とされる。抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン・ジプロフィリン配合)は、オピオインドや前庭系の異常などのめまいを伴う、体を動かしたときの悪心・嘔吐に効果的だ。コルチコステロイドは、頭蓋内圧亢進や消化管閉塞による悪心・嘔吐に使われることが多く、抗炎症作用や局所のむくみを解除する作用が症状の緩和につながっているとされる。

2.4 吐いた「後」にこそ、ケアの真価が問われる

嘔吐してしまった患者への対応では、背中をさすったり、声をかけたりして安心感を与えることが大切だ。嘔吐後は、さらなる悪心を誘発しないよう含嗽(がんがい)や口腔ケアを行い、口腔内に吐物が残らないようにする。ふらつきが強い場合はトイレや洗面所からベッドまでの歩行を介助し、転倒に注意する。必要であれば本人が落ち着くまで付き添い、可能であれば家族にも協力を求める。

2.5 鼻をくすぐる刺激を取り除く

悪心・嘔吐を誘発するようなにおいには、生花のにおい、食物のにおい、ドレナージバッグ内の排液のにおいなどがあり、不快に感じるかどうかは患者によってさまざまである。本人にとって何が不快なにおいになっているのかを確認し、速やかに取り除く。消臭剤の使用や室内のこまめな換気によって、外的な環境が症状を悪化させることのないよう配慮する必要がある。

2.6 温度を変えるだけで、食べられることもある

症状が改善していないにもかかわらず、本人が「食べたい」という希望を持つ場合は、温かいものより冷たいもののほうが悪心を誘発しにくい。本人の好みに合わせて、冷製スープやかき氷、アイス、果物、ゼリーなどを試してみるとよい。

2.7 心をほどくことが、吐き気を和らげる

悪心は精神的な側面も大きく関わっているため、本人がリラックスできる方法を探ることも有効なケアになる。本人が好む部位を温める、ハンドマッサージ、音楽を聴くなど、方法はさまざまだ。そばに寄り添っているだけでも、精神的な安寧につながる。

3. 飲み込めない苦しさ:嚥下困難の治療とケア

3.1 「構造の問題」と「機能の問題」という2つの顔

嚥下困難の原因は、器質性と機能性に分けられる。器質性障害は、頭頸部がんなどの腫瘍による外側からの圧迫や、手術・放射線療法・化学療法による感染や口内炎によって生じる、いわば「物理的な通り道」の問題である。機能性障害は、脳血管障害の後遺症や脳腫瘍、全身の衰弱によって生じる、いわば「飲み込む力」そのものの問題だ。さらに、オピオイドや抗精神病薬による意識レベルの低下(眠気)、抗ヒスタミン薬や抗コリン薬による口腔内乾燥といった、薬剤の副作用として嚥下困難が現れることもある。

3.2 狭くなった通り道を広げる

狭窄や閉塞に対しては、コルチコステロイドの使用や放射線療法、食道ステントの留置といった方法がある。いずれも患者への身体的負担が大きい処置となる治療もあるため、本人の意向や生命予後、処置後のQOLという観点から、どの治療を選ぶべきかを慎重に検討する必要がある。カンジダ感染が原因であれば抗真菌薬を使用し、完全に閉塞している場合は、ブチルスコポラミン臭化物やハイスコなどの分泌抑制薬を使って唾液などの分泌物を減らすことで、誤嚥を予防する。

3.3 まず見るべきは「いつ、どんな場面で」むせるか

嚥下状態のアセスメントでは、意識レベルとともに、いつ・どんなものを食べて嚥下困難が起こっているのかを観察する。嚥下の前段階ですでに誤嚥している場合は、口腔内に何らかのトラブルがある可能性がある。嚥下の最中や後に誤嚥している場合は、咽頭筋の機能低下や食道腫瘍、食道括約筋の機能低下が疑われる。本人の訴えとしては「飲み込みにくい」「のどに引っかかる」「口の中や鼻に戻ってくる」「口の中に残る」「酸っぱい味がする(胃酸の逆流)」などと表現されることが多い。食事の前後に気管・肺の呼吸音を聴診し、その変化を比較することで、誤嚥の有無を判断する材料にもなる。

3.4 体の角度一つで、飲み込みやすさが変わる

嚥下困難のある患者が食事をする際、最も注意すべきは姿勢の保持である。端坐位や座位を保てるときは、ひじ掛けのある椅子や車いすに移乗する。ベッド上で摂取する場合、自力摂取が可能なら、リクライニングの角度を45〜60度にして食事が目で見えるようにし、体が左右に傾かないようクッションなどを使って体の軸をまっすぐにする。食事終了後も、誤嚥を防ぐためにしばらく体を起こした状態を保つ必要があり、再びポジショニングを行う。

3.5 ペースト状から始め、少しずつ段階を上げる

嚥下の状態に合わせて、食事をペースト状やゼリー状にして飲み込みやすい形にする工夫も欠かせない。ゼリー状のものから経口摂取を始め、問題なく嚥下できるようであれば少しずつ形態をアップしていく。管理栄養士や言語聴覚士といった多職種と連携しながら、本人が安全かつ安心して食べる喜びを感じられるよう関わっていくことが重要である。

3.6 口の中を刺激して、嚥下そのものを促す

終末期にある患者は抵抗力の低下が著しく、嚥下困難があると誤嚥のリスクも高まり、肺炎を引き起こす可能性がある。誤嚥性肺炎を予防するためには、口腔内を清潔に保つことが重要だ。また口腔ケアの際に、氷水に浸した綿棒やスポンジブラシで舌や口蓋をなでるなどしてマッサージし、刺激を与えることで、嚥下そのものを誘発できることもある。

3.7 「食べたい」という願いと、誤嚥のリスクのはざまで

嚥下困難は、「食べる」ということが困難になる症状の一つである。人間にとって食べるという行動は、「生」に直結する重要な行動である。しかし摂食することによって誤嚥や窒息のリスクは高まる。終末期の場合、本人の食べたいという気持ちをどこまで支えることができるのかが重要な論点になる。そのためには、本人の嚥下機能がどの程度残っているのか、本人の願いは何なのか、家族はどう思っているのかなどを多職種で連携してアセスメントし、急変の可能性も家族に理解してもらったうえで、本人の思いを尊重しながら、許容できる範囲で食を楽しめるようQOLを維持していくことが、現場に課せられた課題となる。

4. 通り道がふさがれる:消化管閉塞の治療とケア

4.1 「物理的にふさがる」か「動きが止まる」か

消化管閉塞は、機械的閉塞と機能的閉塞に分けられる。機械的閉塞は、腫瘍や宿便などによって腸管の内外が圧迫され、腸管そのものが物理的にふさがっている状態で、単純性(閉塞した部分だけの問題)と複雑性(腸重積やねん転など、血流障害も伴う問題)に分けられる。機能的閉塞は、薬剤性の影響や腹腔内の神経障害などによって腸の動きそのものが止まってしまう状態で、麻痺性(動きが完全に止まる)と痙攣性(異常な収縮が続く)に分けられる。

4.2 塞がる場所によって、現れる症状が変わる

閉塞する場所によって、見え方は大きく異なる。胃や十二指腸など上部の消化管が閉塞した場合は、腹部の膨満感がはっきり現れないことが多い一方で、激しい嘔吐が出現する。大腸など下部の消化管が閉塞した場合は、排ガス・排便の停止、便汁のような性状の嘔吐、腸内容物やガスの貯留による強い腹部膨満感、周期的な腹痛が見られる。完全に閉塞しているか、不完全な閉塞かによっても状態は異なるため、閉塞の部位とその程度を正確に把握する必要がある。完全閉塞の場合、腹痛は「疝痛」(腹部臓器の平滑筋のけいれんによる、強い痛みが周期的に起こるタイプの痛み)であることが多く、腸の蠕動音は高く金属のような音として聴取され、腹部は全体的に硬く緊満して、打診すると太鼓を叩いたような音(鼓音)が聞こえる。

4.3 手術という選択肢とその条件

外科的治療としては、いくつかの条件をすべて満たす場合に、胃空腸吻合術などのバイパス手術や人工肛門造設術が検討される。その条件とは、全身状態の指標であるパフォーマンスステータス(PS)が良好であること、原発腫瘍の切除以外に腹部の手術歴がないこと、症状が現れたのが最近であること、閉塞している部位が1か所であること、大量の腹水貯留がないこと、低アルブミン血症がないこと、そして生命予後が最低2か月以上見込まれることである。終末期の患者がこれらの条件をすべて満たす事例は決して多くないが、本人・家族の希望を尊重しながら、術後のQOLを十分に考慮して治療を選択する姿勢が求められる。

4.4 「足し算」ではなく「引き算」の輸液管理

大量の嘔吐によって脱水や体の異常が生じている可能性は高いが、終末期で全身状態が悪化している場合には、高カロリー輸液や大量の輸液投与は行わず、できる限り減量する。輸液量は1日1,000〜1,500mLほどに抑え、本人の生命予後に合わせて調整する。

4.5 症状に応じて組み合わせる薬物療法

腸閉塞では、常に続く持続痛と、間欠的に強まる疝痛の両方が見られる。持続痛に対してはオピオイドの効果が期待でき、オピオイドが持つ消化管の運動を抑える作用が、疝痛そのものを和らげることもある。完全閉塞の場合はモルヒネを選んでよいが、不完全閉塞の場合は、便秘になりにくいフェンタニルを選ぶことで、薬剤そのものが閉塞を悪化させないよう配慮する。腸の蠕動が活発なために痛みが続いている場合は、消化管の運動を抑える抗コリン作用のある薬剤(ブチルスコポラミン臭化物、オクトレオチドなど)を使用する。

不完全閉塞の場合は、メトクロプラミドとコルチコステロイドを併用することが多いが、完全閉塞の場合、メトクロプラミドは消化管の運動を活発にする作用によってかえって腹痛や悪心・嘔吐を誘発するため禁忌となる。この場合はハロペリドールが使われる。オクトレオチドは、消化管における腸液の分泌を抑え、消化管からの電解質や水の吸収を促し、腸の蠕動運動を抑える作用によって、消化管閉塞に伴う悪心・嘔吐、疼痛、腹部膨満を改善する。コルチコステロイドは、腸管のむくみを改善し炎症を和らげる作用によって、消化管の通過障害そのものを改善させる。

4.6 管やチューブという「逃げ道」をつくる

消化管閉塞における消化管ドレナージの方法として、鼻から管を入れる経鼻胃管、消化管ステントの留置、胃に直接穴を開けて管を通す経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)、経皮経食道的胃管挿入術(PTEG)などがある。ドレナージは、胃や腸にたまった内容物を体外に排出することで、消化管内の圧力を下げ、症状の緩和を図ることができる。しかし処置時・処置後の苦痛といったデメリットも存在する。

終末期患者の場合、消化管ドレナージの中でも経鼻胃管が選ばれることが多いが、留置すること自体の苦痛や、カテーテルを固定することによる鼻腔内の潰瘍形成、持続する咽頭痛など、新たな苦痛を生み出してしまうこともある。留置そのものへの拒否感がある場合は、挿入後に排液だけ行い、すぐに抜いて留置しないという方法もある。何か食べたい・飲みたいという希望が強いときは、逆にあえて留置しておくことで、経口摂取した後に胃管からシリンジで排液を回収できるため、悪心・嘔吐を感じにくくなるなど、状況によってはメリットになる場合もある。水分や流動食くらいであれば口から摂取できるなど、様々な選択肢があるため、しっかりと情報提供をしたうえで本人の意向を丁寧に確認していくことが大切である。

4.7 吐物という現実への、こまやかな対応

消化管閉塞では、頻回に嘔吐が見られたり、ときには大量の嘔吐や下痢が見られたりすることもある。吐物による臭気によってさらなる悪心が誘発されるため、使用後のガーグルベースンはすぐに片付け、新しいものに交換する。吐物で汚染された衣類や寝具なども、本人の状態を見て速やかに交換する。嘔吐が頻回にある場合は、頭側に防水シーツを使用することでシーツ交換による本人の負担を減らせる。室内の換気をこまめに行い、ベッドサイドには清潔なガーグルベースンやティッシュペーパー、タオルなどを本人の手の届くところに置いておく。

4.8 締め付けない服と、落ち着ける姿勢

胸腹部を締め付けないゆったりとした寝衣を着用する。クッションや枕などを使用して、本人が安楽だと感じる体位を調整する。嘔吐時の吐物を誤嚥することを防ぐためには、側臥位が有効である。

4.9 「食べたい」という思いを尊重するという覚悟

経口摂取ができない状態が長く続くと、生きる意欲を失うことにもつながる。本人が食べたいという希望を持つときは、症状が増強しない範囲で、どういったものなら摂取可能なのか、そのなかで何を食べたいのかを、本人とともに見出していく。胃管が挿入されている場合は、チューブを通過する程度の大きさの食物であれば摂取後に吸引する方法がある。胃管が挿入されていない場合でも、食物をしっかりと噛んで味わった後に吐き出してもらう方法もある。ゼリー、ヨーグルト、アイス、シャーベット、スープ、果汁ならば比較的食べやすい。限られたものの中で本人の「食べたい」というニーズを少しでも満たすことができるよう、栄養士など多職種と連携して工夫することが大切である。

5. おなかに水がたまる:腹水の治療とケア

5.1 腹水はどこから生まれるのか

腹水とは、腹腔内に生理的に存在する液体の量(20〜50mL)を超えて貯留している状態をいう。腹水の原因は肝硬変が80%、悪性腫瘍が10%、その他が10%といわれており、門脈圧の亢進や血漿膠質浸透圧の低下、リンパ管の障害、腹膜炎による炎症などが関わっているとされる。がん患者では15〜50%に腹水が出現するとされ、悪性腹水の原因となる疾患は卵巣がん、子宮がん、乳がん、大腸がん、胃がん、膵がんである。一部のがんでは、腹腔内への転移によるがん性腹膜炎によって腹水が生じる。化学療法が有効な場合を除いて、腹水が出現してからの生命予後は数か月と考えられている。症状としては、腹部膨満感、食欲低下、胃内容物の停滞による悪心・嘔吐、排便障害、腹痛、頻尿、呼吸困難感、下肢のむくみが挙げられる。

5.2 利尿剤という第一の手段

薬物療法の第一選択は利尿剤の使用である。フロセミドとスピロノラクトンを併用して使用することが多い。がん性腹膜炎による腹水の場合は、コルチコステロイドを使用することで炎症を抑え、腫瘍による圧迫を軽減することでリンパの流出を改善できる可能性がある。

5.3 輸液は「控える」が基本方針

高カロリー輸液は、腹水を増量させたり、電解質や血糖の異常の原因となったりするため、終末期にある患者にとって体への負担となることが多く、中止することが望ましい。経口摂取が困難な場合でも、維持輸液の投与は1日500〜1,000mLに控え、輸液によって腹水を増量させないことが重要である。また、本人・家族の輸液に対する希望や思いを確認することも大切である。

5.4 針で直接抜く、という選択肢

利尿剤の効果がなく、腹水によって苦痛が増強している場合には、腹水穿刺の実施を検討する。腹水穿刺は、腹腔内に貯留した液体を経皮的に穿刺して排出する方法である。腹部膨満感や呼吸困難感などの不快な症状を一時的に緩和できるが、再び貯留してくるため効果は持続しない。腹水にはアルブミンをはじめとするタンパク質が多く含まれるため、繰り返し行うことでタンパク喪失を助長し、栄養状態の低下が進行する。栄養状態の低下によって腹水の貯留を加速させてしまうことになるため注意が必要である。処置の希望については、本人と十分にコミュニケーションを取り、決めていくことが必要だ。

5.5 少量ずつ、分けて食べる

食事の工夫としては、好きなものや食べたいものを少量ずつ分割して摂取する。終末期においては、栄養面や塩分の制限を重視するのではなく、本人がどうしたいかを考慮することが重要である。

5.6 横隔膜への圧迫を逃がす体位

腹部膨満感に加え、腹水の貯留によって横隔膜が圧迫・挙上され、呼吸困難感が増強する。自力での体動が難しくなってくるため、本人が安楽だと感じる体位を見つける。クッションなどを利用し、楽に過ごせるよう配慮する。寝具や寝衣の調整を行い、腹部を圧迫しないゆったりとした着物を着用する。

5.7 転びやすくなった体を支える

ADLの低下が著しくなり、食事や排泄などの日常生活の援助が必要となる。歩行時は腹部膨満によって足元が見えにくい状態になったり、下肢のむくみによって歩行が困難になったりすると転倒しやすくなる。移乗時は転倒に注意してベッド周囲の安全を確保しながら、本人が快適に過ごせるよう、必要な物品を手の届く場所に置くなど、本人と確認しながら環境を整えることが大切である。

5.8 おなかの中の「渋滞」を防ぐ

腹水の貯留によって消化管が圧迫され、排便障害が起きやすい。また、腸管内の便やガスによってさらに腹部膨満感が増強しないよう、便秘の予防をする必要がある。排便状況を観察し、必要時は緩下剤の投与や浣腸、ガス抜きなどを行い、排便のコントロールを図る。

5.9 伸びて薄くなった皮膚を守る

腹部膨満によって皮膚が伸展し、薄く弱くなっているため、保湿剤などで皮膚を保護する。

5.10 体をほぐし、心をほどく

腰背部の痛みが強いときは、温罨法や擦るなどのマッサージが有効な場合がある。散歩や音楽鑑賞など気分転換を取り入れ、本人の好みに合わせてリラックスできるように工夫する。

5.11 迫りくる不安と、どう向き合うか

腹水が貯留してくると、体動の制限や食欲低下などの身体的苦痛とともに、自分に残された時間が長くないのではないか、死が迫っているのではないかという精神的苦痛も強まる。常に支持的な態度で接し、本人が不安を表出できるように傾聴する。不安が大きくなると抑うつ状態につながるため、精神面のアセスメントが重要である。

6. まとめ:食べられないという経験に、どう寄り添うか

食欲不振、悪心・嘔吐、嚥下困難、消化管閉塞、腹水——これらの消化器症状は、それぞれ異なる仕組みから生まれながら、最終的には「食べることが難しくなる」という、本人の生きる実感そのものに関わる一点に収斂していく。薬物療法や処置によって症状そのものを和らげる技術はもちろん重要だが、それと同じくらい、「食べたい」という本人の思いをどこまで尊重できるか、衰えていく自分と向き合う不安にどう寄り添えるかという、精神的なケアの比重が大きいのも、この領域の特徴である。医師、看護師、管理栄養士、言語聴覚士といった多職種が垣根を越えて連携し、症状の緩和と本人の願いという、時に相反する2つの要請のあいだで、その人なりの着地点を一緒に探していくこと。それこそが、終末期の消化器症状ケアに求められる、最も本質的な姿勢だと言えるだろう。