終末期の肺炎ケア:治療か緩和か、どこまで手を尽くすか
高齢者や終末期の人にとって、肺炎はごくありふれた病気であり、同時に最期の入口にもなりうる病気である。肺炎の合併は、ADLやQOLを少しずつ損なっていく。だからこそ早期の介入が必要になるが、「治療をするにしても、どこまで行うべきか」は常に悩ましい問いとして残る。治療が症状緩和につながるのなら、緩和ケアの視点からも積極的に治療すべきである。しかし、それでも改善しない肺炎に対しては、苦痛の期間を長引かせない工夫も必要になる。本稿では、治療できる肺炎を見極める方法を押さえたうえで、緩和ケアの視点からどこまで介入できるかを整理する。
1. 診断の入口:誤嚥性「肺炎」と誤嚥性「肺臓炎」
1.1 似て非なる、2つの病態
誤嚥性肺炎と間違えやすい病態に、誤嚥性肺臓炎がある。両者は対処法が異なるため、鑑別を考えることが重要である。ただし、現時点では誤嚥性肺炎のはっきりした診断基準はないと考えられている。2019年のNEJMのAspiration Pneumoniaのレビューの1行目にも、誤嚥性肺炎ははっきりした存在ではなく、市中肺炎、院内肺炎の延長線上にあると表現されている。
ただでさえ誤嚥性肺炎の明確な基準がない中で、誤嚥性肺炎と誤嚥性肺臓炎を区別するのはとても難しい。そこで参考になるのが、2001年に発表されたMarikらのNEJMの論文である。
| 特徴 | 誤嚥性肺臓炎 | 誤嚥性肺炎 |
|---|---|---|
| 機序 | 無菌性の胃内容物の吸引 | 口腔内の常在菌を含む誤嚥 |
| 病態生理学的観点 | 酸・胃内容物による急性肺障害 | 細菌やその産生物による肺における急性炎症反応 |
| 細菌 | 初期は無菌だが、二次細菌感染はあり得る | グラム陽性球菌、グラム陰性桿菌、嫌気性菌 |
| 患者の状態 | 意識障害の著明な低下 | 嚥下機能障害、胃管蠕動運動障害 |
| 年齢 | 全年齢(比較的若い) | 高齢者 |
| 目撃者 | 目撃されうる | 通常目撃されない |
1.2 最も重要なのは「目撃されているかどうか」
この区別で特に重要なのは、目撃されている病歴を重視することである。食事中に普段より活気が低く、食べている途中で嘔吐し、その後2〜5時間ほどしてから発熱を認めたという病歴があると、誤嚥性肺臓炎の可能性が高い。
ただし、目撃されていない誤嚥性肺臓炎もあり得るため、初診で来られて参考になる病歴がなければ、誤嚥性肺臓炎と言い切るのは難しいだろう。
1.3 「すぐ抗菌薬」ではなく、「少し待つ」という選択
もし誤嚥性肺臓炎であれば、無菌の胃液を誤嚥した結果起こるため、抗菌薬は効果がないのが特徴で、一般的には軽症で速やかに改善することが多い。安易な抗菌薬治療は、耐性菌の発生や偽膜性腸炎をきたすこともあり、誤嚥性肺臓炎が疑われた場合はすぐ抗菌薬投与を考えるのではなく、バイタルサインが許せば少し絶食にして、呼吸状態によっては酸素投与だけで改善するかを観察できるか考慮する。
翌日まで微熱が持続している場合は、バイタルに注意しながら24〜48時間以上待ってみる。それでも改善しなければ、細菌性肺炎の合併の可能性もあるため、抗菌薬投与を行うことが望ましい。
1.3 見逃してはならない、肺結核の可能性
経過が長い誤嚥性肺炎や肺結核の既往歴、上肺野の病変や空洞影や粒状影は、肺結核の可能性もあるため、3連痰(痰培養検査・塗抹染色検査)を検討し、安易なレボフロキサシン投与は慎みたいところである。
2. 誤嚥性肺炎と間違えやすい病態
2.1 陰圧性肺水腫(NPPE)
誤嚥性肺炎と間違えやすい胸部単純レントゲンの陰影に、陰圧性肺水腫(Negative Pressure Pulmonary Edema: NPPE)がある。これは気道閉塞時に呼吸努力をすると肺実質に陰圧がかかり肺水腫を起こすという機序で、全身麻酔や窒息、溺水でみられる。無治療でも数日で改善するため、胸部単純レントゲンの陰影が両側かつ対称性であれば、窒息の病歴を確認するとよい。
2.2 心不全との区別
また、誤嚥性肺炎が疑わしくても、低栄養や慢性心不全による心拡大を伴っている場合は診断に苦慮する。高齢者では心不全と肺炎の合併もまれではないため、高齢者の肺炎の診断時には頸静脈圧やIII音の確認をするとよい。
3. 不可逆的な肺炎への向き合い方
3.1 「繰り返している」だけで終末期と判断しない
誤嚥性肺炎を繰り返しているだけで終末期と判断するのではなく、なぜ繰り返しているのか原因を必ず意識することが重要である。誤嚥性肺炎に至る原因疾患は、大きく4つに分類できる。
| 原疾患の治療 | 誤嚥の予防 | 疾患例 | 割合 |
|---|---|---|---|
| ○(可能) | ○(可能) | 重度逆流性食道炎、薬剤性パーキンソニズム | 60.8% |
| △ | ○ | パーキンソン病 | 16.0% |
| ×(困難) | ○ | 脳卒中 | 11.2% |
| × | ×(困難) | 進行性核上性麻痺 | 10.0% |
3.2 数字が教えてくれる、「できること」の多さ
全症例のうち6割が、原疾患への介入によりQOLや予後、肺炎の再発率の改善を期待でき、2割の症例では、例えばパーキンソン病であれば抗パーキンソン病薬で嚥下通過が改善するなど、原疾患を根治しなくとも誤嚥の予防が可能である。1割の症例では、原疾患の治療ができないものの、訓練や食事内容の調整により誤嚥の予防が可能となるものもある。
「誤嚥性肺炎を繰り返す=もう打つ手がない」という思い込みは、実際のデータとは大きく異なる。何らかの形で介入できる余地が残されている症例が、全体の9割近くを占めているのである。
3.3 治療も予防もできない場合でも、診断をつける意味がある
進行性核上性麻痺であれば治療方法も予防方法もないが、難病の診断がつくことで公費負担などのメリットが有るというだけでなく、診断をつけることで予後が推定できたり、今後の療養で気をつけることを共有したり、本人のやりたいことが叶えられるように支援したりすることが可能になる。
本シリーズの神経難病の章で扱った、パーキンソン症候群とパーキンソン病の違い(抗パーキンソン病薬が効くかどうか)が、ここでは誤嚥の予防可能性という文脈で再び姿を現している。
4. QOLを最期まで高めるために
4.1 「安易な絶食」が、次の肺炎を呼ぶ
誤嚥性肺炎を繰り返す原因により治療や予防が困難であったとしても、安易に長期間の絶食を行うと、低栄養や低活動による医原性サルコペニアやサルコペニア嚥下障害を来し、さらなる誤嚥性肺炎を繰り返す可能性があるため、可能な限り絶食期間は短くしなければならない。
肺炎を予防するための絶食が、かえって嚥下機能を衰えさせ、肺炎のリスクを高めてしまうという、逆説的な悪循環がここにある。
4.2 口腔ケアは、いかなる時期でも重要
同様に、いかなる時期であっても口腔ケア介入は重要であるため、誤嚥性肺炎の患者を見たらスクリーニングで口腔内汚染の評価を行い、口腔衛生状態を保つことを心がけたい。
もちろん、治療や予防が可能な原因疾患だったとしても、早期からの嚥下訓練や口腔ケア介入が必要なのは言うまでもないが、終末期状態で不可逆的な肺炎であったとしても、経口摂取や口腔ケアの介入は最期まで患者の尊厳を保つためにも重要であると言える。
5. 終末期の肺炎における意思決定支援
5.1 食支援は多職種のチームで
嚥下障害の原因の特定や治療法の検討が重要であるが、それも多職種で検討するとよい。具体的には、医師は病歴や身体所見や検査から原因を診断し、歯科医師・歯科衛生士は口腔ケアを行い、言語聴覚士は嚥下機能を評価し、作業療法士や理学療法士は食事の姿勢について調べる必要がある。看護師は患者の食事の様子から問題点を抽出することができる。管理栄養士は食事の形態を工夫したり、薬剤師は過不足なく薬物療法がなされているかを検証したりすることになる。
そこで得られた情報を共有し検討した多職種による包括的介入が、点滴からの離脱期間を延長させたという研究もあり、多職種チーム医療の重要性が指摘されている。それだけ十分な原因検索を行ったとしても嚥下機能が改善困難である場合、人工栄養法による栄養確保や、それ以上の延命となりうる治療を行わないという選択に分けられる。
5.2 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の定義と課題
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は「人生の最終段階の医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセス」と定義されている。ACPの対象は「意思決定能力のある成人」と定義されているが、意思決定能力がない場合も含まれるのかの議論がなされている。ガイドラインに明記されていないからこそ、可能な限り本人の意思を尊重する努力をしたい。家族の役割は、家族の希望を伝えるだけでなく、本人の立場になって希望を代弁することである。
5.3 偏りを防ぐための工夫
ガイドラインでは「多職種で本人の立場ならどういう選択をするだろうか」と話し合いながら決定していくことが推奨されているが、医療者という枠の中で多職種と意見を交換したところで、医療者の先入観や価値観から抜け出せないこともあるだろう。そこで、患者の視点で意見を述べやすい事務職やMSWなど、話し合いの参加者の職種を増やすことで、偏りがちなバランスを保つことができる。
一部の病院では臨床倫理カンファレンスという形で検証する動きがみられている。これは臨床倫理の4分割表という、医学的適応・患者の意向・周囲の状況・QOLの視点で倫理的問題を明らかにするツールを用いて、多職種や患者、家族がより納得できる道を導き出す取り組みである。
5.4 ACPを行うタイミング
ACPは終末期になったときだけに行うのではなく、まだ元気なうちに確認する場合もある。例えば、まだ自分がどのような最期を迎えるか分からないが、漠然とでいいのでこうして欲しい、あるいはこうして欲しくないことについての本人の価値観を確認しておくことが望ましい。具体的に自分がどのような最期を迎えるのかはなかなかイメージできないものである。そうなると具体的に踏み込んだ内容については確認しにくいものの、その方がどのような状況になっても自分の望む意思決定を尊重する努力を続けるのはもちろん、もし本人の意思を推定するしか方法がなくなってしまった場合でも納得のいく選択ができるように、患者の価値観や生き方について話し合うようにしておきたいものである。
5.5 ACPの3つの注意点
健康な時に聞いた意思の3〜5割が終末期になると変わっているというデータもあるため、参考程度で解釈する必要がある。一方で自分の言葉で語ってもらうことで、残りの人生について相談する機会を持て、想いを託せる相手を見つける機会にもなるだろう。筆者の考えるACPにおける注意点は、次の3つである。
①無理にACPを取りにいかない:ACPを取りに行くということはすなわち、医療者と患者の信頼関係ができていないうちに、最期をどう迎えたいかと聞いてしまうことである。最期をどのように過ごすのかを確認したいのは医療者の都合であり、患者にとってはまだ自分がどうなっていくのか見通しが立っていない状況であるかもしれないうちに、そのような質問を投げかけること自体が大きな侵襲となる。
②医療者の価値観を押し付けない:医療者の価値観で「胃瘻をすれば寝たきりの時間が長くなる」と判断したり、「認知症の高齢者なので侵襲の高い治療はしてほしくないだろう」と判断したりすることである。あくまで医療者は患者の伴走者として、患者の希望を尊重しつつ意思決定を支援することが重要であり、医療者が誘導するようなことはあってはならない。
③迷っている患者を意思決定できないものとして急かしたり、代理決定者に意見を委ねたりしてしまわない:患者がたとえ医学の専門家であったとしても、自分が患者になった場合には治療や今後の方針に迷いが生じると言われている。迷っても当然と考え、結論を急いだり家族に意見を求めたりするようなことは控えたい。
本シリーズの意思決定支援の章で述べられた「最善を期待しつつ最悪に備える」という姿勢と、本項の「無理にACPを取りにいかない」という慎重さは、一見すると矛盾するようでいて、「相手の準備が整うのを待つ」という点で深く通じ合っている。
6. 人工栄養法をどう考えるか
6.1 3つの視点から判断する
高齢者に嚥下障害を認めた場合、人工的水分・栄養補給法(AHN: Artificial Hydration and Nutrition)を検討することになる。終末期の70.3%が意思決定能力を喪失しているため、事前にACPで話し合いができていることは理想的である。しかし、考えが変わっている場合もあり、まだ医師・患者の関係性ができていないうちに話を切り出さざるを得ない状況もあるだろう。
AHNを決定する上で必要な視点は、①本人や家族の想い、②医学的見解、③療養先でできることの3点である。
①本人や家族の想いは、胃瘻や中心静脈栄養の決定をする際に「本人の意向なのか」、また「なぜその選択をしたのか」を確認するとよいだろう。
②医学的見解は、AHNが本人に医学的メリットがあるかという視点である。例えばがんがある場合、推定余命次第ではAHNによる延命効果が期待できないこともあるだろう。
③療養先でできることは、療養型病院によっては末梢点滴や胃瘻ではなく中心静脈栄養でなければ受けてもらえないこともある。自宅であれば家族が栄養補充の手技ができるかどうか、連日の点滴は自宅で可能かということを検討する必要がある。
6.2 胃瘻・中心静脈栄養・末梢点滴、それぞれの利点と欠点
胃瘻のメリットは消化管を使用することで自然な栄養摂取ができることであり、第一選択案として検討することになるだろう。デメリットは栄養の逆流による誤嚥性肺臓炎や胃瘻による瘻孔感染、栄養の漏出であるが、それらを理由に選択しないというわけではない。
中心静脈栄養のメリットは造設自体が比較的簡易であり、内視鏡を使うこともないため身体への負担が軽いことである。胃切除後や、胃と腹壁の間に腸管があるために胃瘻を造設できない際に選択される。デメリットは胃瘻のように消化管を使用できないことから予後が比較的短く、末梢点滴と比較して統計学的な有意差は知られていないと言われていることである。
AHNを選択しない、あるいは末梢点滴のみとするメリットは、本人の負担が軽くなることである。デメリットは予後が30〜60日と短いことであるが、短いことが本当にデメリットになるのかは家族・本人との話し合いで考えていくことである。唾液や痰、浮腫の状態が悪化することから、1日の輸液量は1,000mLを超えないことが望ましい。
「予後が短いこと」を一律に「デメリット」と決めつけず、本人と家族がそれをどう受け止めるかに委ねるという記述は、「延命」と「負担の軽さ」を対等に天秤にかける姿勢を象徴している。
7. 終末期でもできる、肺炎のケア
終末期に限らず誤嚥性肺炎診療において、適切な口腔ケアや体位の工夫は重要である。もちろん症状緩和や緩和ケアのアプローチも常に意識しておかなければならない。
7.1 口腔ケア
終末期の患者はもちろんであるが、そうでなくても口腔ケアをセルフケアできない方は多い。口腔ケアへ介入することで、咳嗽反射が亢進したり口腔内の菌量が減少したりするため、介護施設での発熱および誤嚥性肺炎の発症、肺炎による死亡が低減したと言われている。
ホスピスなどの特殊な状況を除いて、患者の身近な存在として歯科や言語聴覚士の介入がなくなり、看護師がケアの中心となるかもしれないが、医師を含め嚥下に関わる全ての職種が歯の治療が必要か、義歯の咬合不全がないかを意識して、院外の歯科医師や歯科衛生士、言語聴覚士と連携をするだけでも患者への継続的な介入が可能になるだろう。こまめに口腔内および義歯をブラッシングするだけで、乾燥や口腔内の痛みを防ぎ、経口摂取や会話を増やす可能性もあるため、継続的に関わっていきたい。
7.2 体位:4つのチェックポイント
正常な嚥下と呼吸機能を維持するためには、咽頭期・喉頭期に喉頭の挙上が必要となる。安全に食事を行うために気をつけておきたい体位のポイントは、次の4つである。
①頭部が前屈位で、視線が食事のある斜め下を向き、顎が上がっていないか。
②上肢の安定性が保たれているか。上肢が垂れ下がっていることで、上肢の重さで咽頭に負荷をかけていることはないか。
③体が左右対称で肩の高さが平行になっており、その姿勢で長時間安楽かどうか。
④過剰な筋緊張がないか。下肢や体とベッドに過剰な隙間がないか、ベッドの屈曲部と膝がフィットしているかなどを考える必要がある。
足底にもクッションを配置し、長時間の姿勢保持をサポートすることも重要である。
7.3 食事介助:スプーンの高さという小さな工夫
食事介助については、食事介助のスプーンが患者の目線より高いところから来れば、何の食事か分からず恐怖を与えることになる。顎も挙がってしまうため誤嚥のリスクも上がるだろう。介助者は隣に座り、低い位置から食事介助を行うことが重要である。スプーンが見えなくなるため、逆手で提供することもなるべく避けたい。
リクライニング位での食事が困難になってきた場合、病態によっては完全側臥位法や仰臥位法という姿勢もある。食事の時間は、1日の中で楽しみにしている時間であり、家族との貴重な時間である。食事のケアが楽しみになるような工夫ができるようにしたい。
7.4 症状緩和のアプローチ
ケアのゴールが肺炎の治癒であれば、オピオイドの使用は鎮咳作用もあるためなるべく避けることが望ましい。ただし、著しい呼吸困難の緩和が難しく、臨床的にも終末期であることが多くの医療者から見て容認できる場合は、苦痛緩和を優先してオピオイドを使用することを考慮してもよいだろう。
ただし保険診療上は「激しい咳嗽発作」に対しての適応であり、呼吸困難に適応があるわけではない。腎障害がなければモルヒネを第一選択として、経口モルヒネ換算で10〜20mg/日程度を目安とする。静注ルートがなくても持続皮下注も可能であり、アンペック坐薬を使用することも可能である。腎障害がある場合はオキシコドンやヒドロモルフォンなどが挙げられるが、呼吸困難を和らげる効果はないと考えられており、むやみに増量しても症状の改善が期待できないため、薬物療法の見直しや抗不安薬(ミダゾラム)などを考慮する。
7.5 痰の吸引:「しない勇気」
終末期では死前喘鳴のようなゴロゴロした音がする状態がみられ、下気道からの分泌に加え、口腔内の分泌液が飲み込めないことが問題となる。この状態では吸引でも十分に分泌物を取りきることは難しく、吸引自体が患者にとっての負担となるため、咳嗽反射を起こさない程度の愛護的な吸引にとどめておく必要がある。
それよりも、死前喘鳴を見ている家族が辛くならないように「亡くなる前の自然な現象である」ことを伝えることも重要である。ブスコパンなどの抗コリン薬を使用することもあるが、積極的な推奨はなく、点滴を絞って水分負荷を軽くすることのほうが重要であることが多い。
看取りケアの章で触れた死前喘鳴の知識が、ここでは「吸引をいつまで続けるか」という具体的な判断に結びついている。患者の負担と家族の苦痛の両方を見据えて、何を「しない」かを決めることもまた、重要なケアの一つなのである。
8. まとめ:一人の人間の人生を想像する
病院で誤嚥性肺炎に関わっていると、どうしても最悪のケースを想定し過剰な医療をしてしまったり、窒息のリスクを考えて絶食指示を出したり、全身状態を悪く見積もってリハビリや口腔ケアの介入が遅れたり、栄養が不足したりすることもあるかもしれない。一方で、終末期と判断された場合にも、医療をすべて諦めてよいのだろうかと不全感を抱くこともあるだろう。
そのようなときには、受診された患者さんがもともとどのようなADLで、どのような食生活を送っていて、どのような人生を過ごしてきたのかを、一人の人間として想像するとよい。これまで長い人生を歩んできた患者の最期に寄り添うことは、医療者として意義のあることである。なにかできることはないかと悩みながら、一手間も二手間もかけた診察をしていただきたい。
肺炎の終末期ケアは、「治す」と「緩和する」のあいだを揺れ動く、答えのない問いの連続である。誤嚥性肺臓炎と肺炎を見分け、原因疾患を探り、口腔ケアと食事介助の細部を丁寧に整え、人工栄養をめぐる選択を本人と家族とともに考える。その一つひとつの積み重ねの奥にあるのは、目の前の人が歩んできた人生への想像力である。この想像力こそが、治療と緩和の間に揺れる現場で、最後まで頼りになる羅針盤なのだろう。
