神経難病の終末期ケア

筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、多系統萎縮症、多発性硬化症、筋ジストロフィー。神経難病と呼ばれる病気は、現在も根本的な治療法がない。それでも、新しい治療薬の開発、呼吸補助や排痰補助の機器の進歩、適切な看護・介護・リハビリテーションによって、生命予後は飛躍的に改善してきた。IT技術の発達によって、寝たきりの時期の生活の質(QOL)も向上している。

その一方で、療養期間は長期にわたり、「いつからを終末期と呼ぶのか」という線引きが極めて難しくなった。本稿では、神経難病の代表であるパーキンソン病とALSを中心に、この領域ならではのケアの難しさと実際を整理する。

1. 「終末期」の見えにくさ

1.1 個人差が大きく、ケアの導入時期も定まらない

神経難病は、疾患によって、また同じ疾患であっても、進行の程度に個人差が大きい。そのため、さまざまなケアをいつ導入すべきかを判断しづらいのが特徴である。長期にわたって患者とその家族を支える必要があり、その内容も、患者を取り巻く環境によって折に触れて変化していく。

がんのように「ある時期から急速に下り坂になる」わけでも、COPDのように「増悪のたびに一段ずつ下りる」わけでもない。神経難病では、境目のない長い時間の中で、必要なケアの形が少しずつ移り変わっていく。この性質こそが、終末期の定義を困難にしている。

1.2 20年を超える介護が教えてくれたこと

執筆者は、30年前の経験を一例として紹介している。経過約20年のALSの80代女性。喉頭気管分離術を行い、気管切開をして、約15年間寝たきりの状態で、家族のみで介護をしていた。流動食を口に入れ、家族があごを動かして飲み込ませていた。コミュニケーションの手段は目の動きのみ。最終的には肺炎で亡くなったという。

介護し続けた家族には感動したが、それは万人にできることではない。終末期をどう迎えるのかを、深く考えさせられたケースだったと振り返っている。ここに、神経難病の終末期ケアの本質的な問いがある。「どこまで続けるか」「どのように迎えるか」に、万人に当てはまる唯一の正解は存在しない。

1.3 本稿の位置づけ

心理的なケアについては専門の他項に譲られており、ここでは執筆時点で在宅療養でも可能なケアが中心に述べられている。なお、本稿で扱う内容も、状況に応じたベターな選択を考える材料であって、万能の解答を示すものではない。

2. パーキンソン病:ドーパミンが減っていく病

2.1 病態と4つの主な症状

パーキンソン病(PD)は、中脳黒質にある神経細胞が減少することで、脳内のドーパミンが減少し症状が出現する。振戦(ふるえ)・寡動(または無動)・筋強剛(筋肉のこわばり)を三主徴とし、姿勢反射障害を含めて四主徴と呼ぶこともある。他に自律神経症状や精神症状・認知機能障害を呈することもある。

2.2 ホーエン&ヤールの重症度分類

重症度としてホーエン&ヤールの分類がよく用いられる。1度は一側性のパーキンソニズム、2度は両側性のパーキンソニズム、3度は軽度から中等度のパーキンソニズムで、姿勢反射障害があるが日常生活に介助は不要、4度は高度の障害を示すが歩行は介助なしに辛うじて可能、5度は介助なしにはベッドまたは車椅子の生活となる。3度以上は特定疾患の助成対象(いわゆる難病制度)に該当する。

2.3 治療の柱と、治療の限界

治療はドーパミンの前駆物質であるL-Dopa製剤を中心とし、ドパミンアゴニスト、抗コリン薬、MAO-B阻害薬、COMT阻害薬等の組み合わせになる。不随意運動が強い場合には脳外科的手術の適応になることもある。適切なリハビリテーションも必要である。

しかし、何れの治療も根本治療ではないため、緩徐に進行し、経過中にウエアリングオフ(L-Dopaの効く時間が短くなり、薬の切れている時間が出てくること)やジスキネジア(不随意運動の一種。四肢や体幹をくねらせるような動き)が問題となる。

2.4 パーキンソン症候群という、似て非なる病気

パーキンソン症状が目立つがパーキンソン病ではない疾患群を、パーキンソン症候群と言う。脳血管性パーキンソン症候群や多系統萎縮症、皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺などがこれに当たる。最大の違いは、L-Dopaを含め抗パーキンソン病薬が無効な点である。

3. 筋萎縮性側索硬化症(ALS):運動神経だけが選択的に傷つく病

3.1 病態と主な症状

ALSは、運動神経系が選択的に障害される疾患で、上位運動ニューロン(大脳運動野から脊髄前角/脳幹神経核)と下位運動ニューロン(脊髄前角から筋)双方が障害されるため、全身の筋肉が萎縮していく。四肢筋力低下、呼吸障害、嚥下障害、構音障害を呈する。

家族性ALSは約1〜2割で種々の遺伝子変異が報告されているが、孤発性ALSの原因は今なお不明である。

3.2 「陰性徴候」という、ALSの特徴

ALSには、四大陰性徴候として、①眼球運動障害、②感覚障害、③膀胱直腸障害、④褥瘡の4項目がないことが知られている。つまり、体の動きは失われていくが、目は動かせ、感覚は保たれ、排泄機能や皮膚も比較的保たれる。意識も清明なまま進行することが、この病気の過酷さと同時に、後述するコミュニケーション支援の可能性を示している。

3.3 保険適応の治療と、進行中の研究

現時点で保険適応となっている治療はリルゾールとエダラボンであるが、いくつかの治験が現在進行中である。

4. 「不治の病」というイメージは、変わりつつある

かつて神経難病は、不治の病のイメージが強かったが、状況は少しずつ変わってきている。5q-SMA(脊髄性筋萎縮症)に対するヌシネルセン、ゾルゲンスマ、リスジプラム、Pompe病・Fabry病に対する酵素補充療法、球脊髄性筋萎縮症に対するリュープリン、Duchenne型筋ジストロフィーに対するビルトラルセンなど、進行抑制の治療薬が保険適応となっている疾患も出てきている。

こうした新しい治療の選択肢が増えるほど、在宅医と専門医との連携がいっそう重要になる。「治らない病気」から「進行を抑えながら長く付き合う病気」へという変化は、ケアの時間軸そのものを長くしている。

5. 実際のケア:6つの柱

神経難病は、進行に伴い様々な医療的ケア/社会的ケアが必要となる。

5.1 呼吸ケア:人工呼吸器という選択

ALSで有名だが、他の疾患でも人工呼吸器が必要となる疾患は多い。神経難病の場合、咯痰排出力の低下を合併することも多いので、吸引処置も必要となってくる。

呼吸器に関しては機械の小型化、バッテリーの進歩と装着デバイスの進歩が著しい。大別すると気管切開下での人工呼吸器管理(TIV)と非侵襲的陽圧人工呼吸管理(NIV)とになろう。在宅酸素療法を併用する場合もある。かつてのイメージと異なり、必ずしも臥床状態となるわけではなく、バッテリー駆動により車椅子での数時間の移動も可能となっている。

TIVの利点と欠点:利点は呼吸管理がNIVに比べて確実であること、気管切開口があることで吸引が確実に出来ることにある。一方、欠点としては発声が出来なくなることであろう。近年TIV下で発声可能な気管カニューレも出ているが、全例で発声できる訳ではない。

NIVの利点と欠点:NIVは神経筋疾患を中心に用いられ発展してきた。気管切開が不要で経鼻又は経口で陽圧換気を行う。その利点はなんと言っても発声が保たれることであろう。欠点としては気管孔が無いため、吸痰が確実では無い事、換気効率がTIVに比較すれば悪いことがあげられる。

そのときの患者の状態に応じてNIVとTIVの何れが適しているかを考える必要がある。当然NIVからTIVに変更せざるを得ない場合もある。呼吸器を装着した場合、介護負担は高くなるので、特定の家族にのみ負担がかからないようサポート体制を整えることも必要となる。

「確実な呼吸管理」と「声を保つこと」を天秤にかける、この選択の重さは、本シリーズの意思決定支援の章で扱った「正解がないため皆が常に迷い続けることが必要」という姿勢を、最も端的に体現する場面の一つだと言える。

5.2 嚥下障害:食べることをどう考えるか

嚥下障害も進行期には必発となる。食事は生活の質に密接に関わってくるところであり、摂取方法は慎重に考慮すべきである。経口摂取で充分な栄養摂取が困難となった場合は、経管栄養又は中心静脈栄養が選択肢となってくる。勿論それら何れも行わないという選択をされる方もいる。

経管栄養は経鼻経管栄養と胃瘻(場合によっては腸瘻)とに大別される。近年は内視鏡的に胃瘻造設可能となったために胃瘻を安易に選択することが多いが、本来は必要性を評価するべきであろう。

中心静脈栄養に関しては永続的な施行は感染管理の面から負担が大きく、在宅ではやむを得ない場合のみとなるであろう。

「栄養を入れない」という選択肢も明記されている点は重要である。前章の脳血管障害で見た胃ろうをめぐる葛藤と同様に、造設が容易になったことが、かえって「必要性の評価」をおろそかにする危険をはらんでいる、という指摘は示唆に富む。

5.3 リハビリテーションとコミュニケーション支援

関節拘縮や廃用性萎縮も進行するためリハビリテーションも重要となる。

ALSの末期には発声不能となり、眼球運動のみでコミュニケーションをとらざるをえない。他の神経難病でも声でのコミュニケーションが難しくなってくることが多い。「伝の心」に代表されるコミュニケーションツールも小型化が進んでおり、使用を考慮すべきであろう。

先述したが呼吸器の小型化に伴い、呼吸器装着下でも車椅子での外出が可能となっている。但し、そのためには経験のあるリハビリスタッフと、車椅子を目的に応じて補修することが重要である。

陰性徴候として「眼球運動障害がない」ことが、ここで大きな意味を持つ。体は動かなくなっても、目の動きでコミュニケーションを続けられるという事実が、技術の進歩と結びつくことで、重度の障害があっても「自分の意思を伝える」ことを可能にしている。

5.4 日常生活でのケア:時期によって変わる課題

緩徐に進行する疾患が多いため、その時々に応じて必要なケアは異なってくる。かろうじて歩けている時期に注意すべきは転倒による骨折と肺炎である。加療のための臥床によりADLが低下する例をよく体験する。転倒しやすい時期になったときは早めに装具の検討を試みること、誤嚥が多くなってきた時期には食事の工夫とともに吸痰の手技を家族に教えることも重要となってくる。さらに進行した場合は前述の経管栄養や褥瘡防止のための体位変換も必須となってくる。

5.5 家族へのケア:主体が家族になるという現実

訪問介護や訪問看護があるとはいえ、長期にわたるケアの主体が家族になることが殆どであり、家族の休息を考えることも必要である。栄養摂取や呼吸器装着などに関する事前の意思確認も、精神的・肉体的疲労時には判断が困難であることも多い。いわゆるレスパイトケアによる入院や短期入所といった制度をいかにうまく利用するかが重要であり、主治医はもちろんのことソーシャルワーカーや役所の福祉職員等との連携が大事になる。

導入部で紹介された、20年を超えて家族だけで介護を続けた事例は、まさにこの課題の極端な現れである。家族の献身だけに頼るのではなく、社会の制度や専門職がどこまで支えられるかが、長い療養期間を持続可能にする鍵になる。

5.6 モルヒネの使用:苦痛を和らげるという選択肢

欧米ではALSの終末期に緩和ケア医が関わっており、オピオイドが使用されている。大規模な報告がないため、エビデンスのレベルとしてはgrade IVとなる。日本でも日本神経学会より発行されている筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013(2022年版は発行に向けて改訂中)において、ALSの苦痛にはモルヒネが有効(grade C1)とされている。使用量としては末期癌患者の半量程度とされている。使用の基準としてALSの進行で呼吸筋障害により呼吸苦を生じている状態、またはNSAIDsなどの既存の治療で抑えられない苦痛を生じている状態に用いるとしている。ALS以外の神経難病もこの基準に準じることになろう。問題点として2022年現在では、保険適応されていないことがあげられる(ALSに対してのみ保険査定されない扱いになっている)。

本シリーズで扱った呼吸困難の章でも、モルヒネが呼吸の苦しさを和らげる唯一エビデンスのある薬剤として紹介されたが、ここではそれが神経難病という、がんとは異なる領域にも広がりつつあることが示されている。ただし、制度面の整備(保険適応)がまだ追いついていないという課題も明確に記されている。

6. まとめ:終わりの見えない時間に、どう寄り添うか

神経難病の終末期ケアを特徴づけているのは、「いつからが終末期なのか」という問いそのものに、明確な答えがないという事実である。パーキンソン病もALSも、進行の速さは人によって大きく異なり、治療の進歩は生命予後を延ばし、療養期間は長期化している。その長い時間の中で、呼吸の補助をどうするか、食事をどうするか、コミュニケーションをどう保つか、家族の負担をどう分かち合うか——ひとつひとつの選択が、本人と家族の価値観に深く関わっている。

人工呼吸器をめぐるTIVとNIVの選択、胃ろうをはじめとする栄養管理の選択、そして終末期のモルヒネ使用。いずれも、万人に当てはまる解答は存在せず、「状況に応じたベターな選択を考えなければいけない」というのが、この領域のケアの基本姿勢である。

治療不可能だった疾患に、進行を抑える薬が登場しつつある今、専門医との連携は一層重要になる。同時に、20年以上にわたって家族だけが介護を担ったという事例が示すように、家族の献身だけに頼る時代は終わりにしなければならない。技術の進歩と、社会の支援体制の整備。この両輪が揃って初めて、神経難病とともに長く生きる人々が、最期まで自分らしく過ごせる環境が実現するのだろう。